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原田マハ「モダン」

 

モダン (文春文庫 は 40-3)

モダン (文春文庫 は 40-3)

 

ニューヨーク近代美術館(MoMA)にまつわる短編集です。絵画や美術館をうまくモチーフにした、心に残る作品ばかりです。

 

「中断された展覧会の記憶」は、MoMAが福島の美術館にアンドリュー・ワイエスの『クリスティーナの世界』を貸し出したものの、3・11の後に原発事故が起こり、展覧会の途中で絵画を返還してもらうことになった話。MoMAの展覧会ディレクターの杏子は、この絵と共にもう一度福島に戻ることを心に決める。。。

 

「ロックフェラー・ギャラリーの幽霊」は、MoMAの監視員のスコットが、ピカソの作品の前で佇む青年を目撃するという話。スコットは確かにその青年と言葉を交わしたのだが、モニターには青年は一切映っていなかった。その青年が名乗った名前は、亡くなったMoMAの元館長と同じだった。。。

 

「私の好きなマシン」は、インダストリアル・デザイナーのジュリアの話。ジュリアはニューヨークの書店の娘だったが、高校時代に両親と行ったマシン・アートの展覧会でベアリングの美しさの虜となる。そこには、両親の書店をしばしば訪れたMoMAの館長がおり、ジュリアは館長から、知らないところで役に立っていてそれでいて美しいものをアートと呼ぶと言われた。やがてジュリアは、知人から元館長が亡くなった知らせを受ける。同時に、ジュリアの元に、超有名IT起業家からオファーが入る。。。

 

「新しい出口」は、MoMAに勤務するローラが、同僚のセシルを9・11で亡くしてしまう話。ピカソが専門のローラとマティスが専門のセシルはそれぞれ、いつか大きい展覧会を仕掛けることを夢見ていた。そんな矢先に、この2人の巨匠の展覧会をいっぺんに仕掛ける話が持ち上がったのだが、その矢先に9・11が起こる。そのショックでローラはPTSDを患い、MoMAを去った。。。

 

「あえてよかった」は、日本の企業からMoMAに派遣された研修生の麻実の話。麻実は、MoMAのデザインストアのディスプレイで、日本の箸が×印に置かれていたのが気になり、MoMAで面倒を見てくれているシングルマザーのパティに相談する。パティは面倒くさそうに聞いていたが、翌朝には既に改善されていた。。。

 

 

以上がそれぞれの短編のあらすじですが、多くの作品で、美術館の裏方の人達にスポットライトが浴びせられ、しかも、とても魅力的な人物として描かれています。

美術館のスタッフというのは、本来とても重要で、欧米ではステイタスが高い職業ですが、日本ではあまりそうは見られていない感じがします。

そんな中、自身もキュレーターの経験がある著者は、様々な作品の中で、美術館の裏方的な人たちを描いていますが、こうした人たちにもっとスポットを当てたいという思いがあるように感じます。

 

作品中では、MoMAにまつわる様々な絵が取り上げられていますが、中でも、冒頭の作品中の『クリスティーナの世界』がもっとも効果的に使われているような気がします。草原で足の不自由なクリスティーナが力強く前に進もうとしている姿は、不幸な原発事故の後に懸命に前に進もうとしている福島の人々の姿とオーバーラップします。

 

著者の魅力が存分に発揮された素敵な短編集で、著者の他の作品をもっと読んでみたくなりました。