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映画、書評、ジャズなど

村上春樹「騎士団長殺し」

文学 村上春樹

 

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

 
騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

 

村上春樹氏の久々の長編小説です。早速読了しました。

 

主人公(私)は、美大の同級生の雨田政彦の父親で著名な画家である具彦が暮らしていた小田原郊外の家を借りて住んでいた。老齢の具彦が養護施設に入居したため、空いた家を私は借りたのだった。

私は妻のユズと別居したのを機に、谷間に建つこの家に移り住んだ。絵画教室で教えていたのだが、間もなく2人の教え子の人妻と肉体関係を持つようになる。

ある日、私はその家の屋根裏に上ったところ、具彦の書いた絵を見つける。それは世の中には知られていれば明らかに具彦の代表作となるべき素晴らしい作品だった。その絵には「騎士団長殺し」というタイトルが付けられていた。若い男が年上の男である騎士団長の胸に剣を突き立てており、それを地面についた蓋から首をのぞかせている男が目撃しているという絵だった。

その絵を発見してから、私を取り巻く環境は一変する。

この家の谷を挟んで向かいに建つ大きな邸宅。そこに住むのが免色という中年の男が、私に自画像の制作を依頼してくる。

私は、家の敷地にある祠から鈴の音が聞こえることを免色に相談する。すると免色は重機を使って祠を掘り起こしてくれたのだが、そこには穴があるのみだった。

しかし、その穴を開けたことで、そこに閉じ込められていた小人が解放されてしまう。それは、具彦の絵に描かれていた騎士団長だった。騎士団長は以来、しばしば私の前に現れるようになる。

免色がその邸宅に住むようになったのには訳があった。谷の向かいにある家に住んでいる少女まりえを観察するためだった。まりえの母親は既に亡くなっていたのだが、その母親と面色とはかつて交際していた時期があり、免色はまりえが自分と血のつながった娘ではないかと思っていたのだ。

免色は私に、まりえの似顔絵を書くことを提案する。絵を描いているときに免色が家にやって来て、まりえに会いたいというわけだ。

まりえは母親代わりの叔母の笙子と一緒に住んでいた。免色は間もなく笙子と恋愛関係となる。

ある日、まりえが行方不明になる。ちょうどその時、私は雨田政彦から、一緒に養護施設にいる具彦に会いに行くよう誘われる。具彦の部屋で政彦が席をはずして2人きりになったとき、騎士団長が現れ、自分を剣で殺すよう求める。私は剣で騎士団長を殺した。それは、具彦の絵の再現だった。絵のとおり、部屋の隅には、地面の蓋から顔を出している男がいた。私はその蓋から別世界へと入り込んでいく。たどり着いたのは、具彦の家の敷地の祠の穴の中だった。

私は免色に穴から助け出される。まりえは無事発見されたようだった。まりえは、私が奇妙な体験をしている間、免色の邸宅に忍び込み、騎士団長に会っていたのだった。

その後、具彦は亡くなり、私は元の仕事に戻り、別れた妻と一緒に暮らすことに。笙子は免色と交際を続けているようだった。まりえはたまに私に連絡を寄越した。

そして、東日本大震災が起こる。私は妻と別れた直後に東北を移動していたときのことを思い出す。そして具彦の家は火事で焼けてしまう。「騎士団長殺し」の絵は、私とまりえの心の中だけに生き続けることになったのだった。。。

 

 

この作品は、これまでの村上作品のモチーフが随所に使われています。祠の穴は『ねじまき鳥クロニクル』の井戸、現実世界と非現実世界との交錯という点は『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の世界観に似ています。本書が「自己模倣」と評されるのもよくわかります。

もう一つ注目すべきは、村上氏が敬愛するスコット・フィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』との類似性でしょう。まりえへの思いから谷の向かい側の邸宅に住まう免色は、ディジーへの思いから湾の対岸に豪邸を構えるギャツビーそのものです。

こうした類似性をどう捉えるかが、本書に対する評価の分かれ目の一境界線になるように思います。既存の作品の魅力的な部品を巧みに取り入れつつ仕上げられた作品という捉え方もできるでしょうし、他方で、アイデアの枯渇?という評価もあり得るかもしれません。

 

個人的には、こうした模倣の仕方は大いに“あり”だと思います。

 

他方、個人的に物足りなく感じるのは、本作品における“キャラクターの弱さ”です。本作品のキーパーソンはまりえと免色だと思いますが、この両者共に、キャラクターの魅力という点では今一つという印象を受けます。

特に、免色については、もう少し魅力的なキャラクターの描き方ができたのではないかと思います。あるいは、まりえの叔母の秋川笙子をもっと魅力的に描くこともできたように思います。

だから、他の作品に比べると、どうしても読み終わった後の印象が薄いという結果になってしまっているように思います。

 

まぁ、そうは言っても、村上ワールドは十分堪能できる作品であることは間違いありません。これまでの作品と同様、あっという間に読み終えさせてしまう筆力はさすがです。