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萩耿介「イモータル」

 

イモータル (中公文庫)

イモータル (中公文庫)

 

 「ウパニシャッド」を巡り、古今をさまよう独特なテイストの小説です。

滝川隆の兄は、かつてインドで消息を絶った。その兄が残した本が『智慧の書』だった。兄は時折隆のもとに亡霊のように現れた。

そして話は、フランス革命に飛ぶ。デュペロンはゾロアスター教の経典の一部とされる書物の翻訳に取り組んでいる。デュペロンの弟は裕福な商人の娘と結婚していたが、フランス革命の中で投獄される。デュペロンは、ある銀行家から手渡された「ウパニシャッド」のペルシャ語訳を思い出す。そのペルシャ語訳は、ムガル帝国の悲劇の皇子ダラー・シコーたちが訳したものだった。デュペロンが訳した「ウパニシャッド」は、ショーペンハウアーという名の少年が買っていく。

次に話はさらに歴史を遡ってムガル帝国へ。ダラー・シコーはイスラム以外の異教徒にも理解を示す心優しい皇子だった。本来、学究肌で、「ウパニシャッド」の翻訳に力を入れていたが、亡き母親の遺言によって皇帝の跡継ぎとなった。しかし、弟たちが反旗を翻し、処刑されてしまう。

こうして、「ウパニシャッド」という古代インドの思想書は、ムガル帝国の皇子によってペルシャ語に訳され、フランス人デュペロンによってラテン語に訳され、それをドイツの哲学者ショーペンハウアーが読んで感動し、『意志と表象としての世界』を書いたのだった。。。

 

壮大な歴史小説でありながら、現代とも結びついた小説となっているところが、これまでにないテイストを醸し出しています。

歴史の大事件の裏で、翻訳という行為を通じて、人類の英知が古今東西で結びついている、ということに改めて気づかされます。

ショーペンハウアーの思想が、古代インドの哲学の影響を受けているという事実には驚かされます。西洋哲学が決して西洋の中だけで生み出されたものでないことを改めて認識させられます。

 

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