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ティモシー・F・ガイトナー「ガイトナー回顧録」

ガイトナー回顧録 ―金融危機の真相

ガイトナー回顧録 ―金融危機の真相

 本書は、金融危機の最中にニューヨーク連銀総裁、財務長官としてその対応に当たった著者による回顧録です。当時の経緯の詳細まで書かれており、資料としても大変貴重なものだと思いますし、金融危機への対応の要諦についてまとめられています。

 そして、本書の原題タイトルにもなっている「ストレス・テスト」が金融危機から金融システムを救った処方箋として強調されているのが大変印象的です。

「監督機関が、大手金融機関の帳簿を徹底的に調べ、ほんとうに壊滅的な景気下降を生き延びるのに、どれほどの資本注入が必要かを計算する。負担のかかった状態に患者の体がどう反応するかを見極めるために、医師が負荷検査をするのと似ている。つぎにその会社は、穴を埋めるのにじゅうぶんな資本を集めることを求められる。そして、病んでいる会社が民間投資家からじゅうぶんな資本を募れなかったときには、足りない資本を政府が力強く注入する。それが肝心なところだ。」(p20)




 ガイトナーは、金融危機は、熱狂的な資金調達が集中的なレバレッジや過大な債務負担によるときに起こるということを強調しています。そして、それが短期債務で借金をしている場合には危険度が増すとしています。ガイトナーは、こうした教訓をアジア危機の際に学んでいるようです。

 そして、ガイトナーはアメリカの金融システムに、規制の穴がいくつもあったことを指摘しています。それは、短期資金調達の規制とノンバンク等の規制の欠陥です。短期の資金調達は、いわゆるノンバンクやシャドーバンクなど、FRBの管轄外の企業が積極的に行っていました。短期で調達した資金を長期で貸し付けることによって、利ザヤを得ていたわけですが、こうした企業には、銀行に課される自己資本比率などの規制が適用になりません。デリバティブ取引も規制の外にありました。
 ガイトナーは次のように述べています。

「全体として見ると、アメリカの金融債務の半分以上が、FRBの目がじかに届かない、銀行の外に移動していた。従来の銀行セクターの外にリスクがあること自体が危険なわけではないが、そのリスクは銀行に似た仕組みの巨大な会社に集中し、しかもそういった会社は莫大なレバレッジと短期借入を抱え、銀行のような規制を受けていない。アメリカで起きていたのは、まさにそういうことだった。」(p108)

 ガイトナーは、短期資金の調達が「トライパーティ・レポ」と呼ばれる複雑な市場で行われる場合の危険性について、特に強調しています。これは、特定の日時で買い戻す約定付きで証券を売るもので、翌日に買い戻す場合が多い、つまり、証券を担保に一日お金を借りるようなものです。住宅ローンの会社の中には、こうした資金調達手法に頼っているところも多く、いつ資金提供が止まってもおかしくない状況にあったわけです。カントリーワイドという住宅ローン会社もこうした資金調達に頼っていた会社でしたが、債権者の一部が買い換えを拒み、資金供給の途絶が発生しました。ガイトナーバンク・オブ・ニューヨーク・メロンというトライパーティ・レポの債権者を説得して結局問題は解決するのですが、この問題によって、ガイトナーは、従来の銀行システムの外で起きた問題を解決する能力がFRBに不足していることを痛感することになります。そして、金融システム全体が危なっかしい短期借入にかなりの資金調達を頼っている実態を思い知ることになるのです。

 デリバティブについても、取引を行う会社に対して担保を出すことが法律上義務付けられておらず、取引が悪い結果を招いたとしても、ショックを吸収できるものがシステムにほとんどない状況で、ウォーレン・バフェットデリバティブについて「金融の大量破壊兵器」と呼んだそうです。

 また、ガイトナーは、アメリカの監督システムが細分化されており、システム全体の安定に責任をおうものがいなかったことも指摘します。投資銀行はSECが監督していたものの、投資銀行の財政の健全性は重要課題とはされず、レバレッジへの規制はほとんどなされていなかったとのこと。


 そして、住宅ローン問題に対する規制当局の問題意識の薄さ。ガイトナーは、住宅価格の下落によってこれだけ広い範囲でローンの貸し倒れが発生し、銀行システムに重大な問題を引き起こすとは予見していなかったことを、率直に認めています。

「私たちは知っていたはずだった。長期のクレジット・ブーム、ことにサブプライム・ローンの急増は、住宅価格が底を打つことはないとだれもが信じていたことも含めて、典型的な熱狂のすべての兆候を示していたのだ。それに、金融システム、とりわけ監督が行き届かないシステムの片隅で、レバレッジが危険なレベルまで積み上がっていたことを、私たちは強く意識していた。だが、どのノンバンクが取り付けを起こしかねない短期借入を増やしていたか、ノンバンクの経営不振に金融システム全体がどれほど脆弱であるか、といったことまでは分析しなかった。パニックが起きればひとたまりもない脆さだとわかっていた。それに、何年も前から私は脆弱性を懸念していた。しかし、自分たちが認識していたよりもずっと私たちは脆弱だった。」(p146)



 こうした中、メリルリンチ住宅ローンで多額の損失を出したことを発表します。その大部分はCDO債務担保証券)によるものでした。スタンダード&プアーズはAAA格付けのCDOが5年間に支払い不能になる確率を0.12%としていたのが、実際の貸倒発生率は28%だったとのこと。

「安全だという判断は、国中で同時に住宅価格が下落することはないという途方もない考えも含めて、ありとあらゆる間違った思い込みに基づいていた。CDOはたいがい地理的に多様―つまり、さまざまな地域のサブプライム・ローンを継ぎ合わせて作られていたので、一地域の住宅価格の不調があたえる効果は薄められるはずだった。しかし、借り手が全国で債務不履行を起こしはじめたら、地理的に多様であることは、なんの役にも立たない。」(p171)


 こうして住宅ローン関連資産の品質が不確実になると、誰もこうした資産を買いたがらなくなります。そこでFRBはターム・オークション・ファシリティ(TAF)という施策を発表します。しかし、それは危機への対応としては不十分なものでした。危機の際は、もっと大胆な行動が必要になるとガイトナーは確信します。

「やりすぎという過ちのほうが是正しやすい。と私は論じた。あまりゆっくりと段階的に進めると、状況が炎上して手に負えなくなる。やり足りなかった過ちを是正するのは容易ではない。金融メルトダウンを避けるための過ちは筋が通っていて、マクロ経済の災害に対する保険になる。」(p183)


 特に、ベアー・スターンズのトライパーティ・レポが予想以上に大きく、その担保の多くが住宅ローン証券だったため、資金がショートする危険性が高まります。ベアー・スターンズの危険性は、「大きすぎて潰せない」のではなく、「相互につながりすぎていて潰せない」というものだったとガイトナーは述べています。つまり、ベアー・スターンズ自体はそれほど大きな金融機関でないにもかかわらず、それが行き詰まれば、ベアー・スターンズリーマン・ブラザーズメリルリンチといった形で壊滅的な損害が広がりかねないのではないかというわけです。

 ガイトナーベアー・スターンズの買収をJPモルガンに働きかけます。そして、様々なハードルを乗り越えて、JPモルガンによるベアー・スターンズの救済が何とか成立します。ただし、これはFRBの権限を越えた措置であって、JPモルガンの協力があったからこそ成立することができたわけで、ガイトナーFRBの権限の限界を痛感することになります。
ガイトナーは、ベアー・スターンズ救済の教訓について、次のように述べています。

ベアー・スターンズの一件のほんとうの教訓は、極度のレバレッジと短期借入の世界では、信用は一瞬にして消え、それとともに流動性も消えるということだ。」(p205)


 こうしてベアー・スターンズが救済された後にやってきたのは、リーマン・ブラザーズの危機です。リーマン・ブラザーズも不動産のエクスポージャーが大きく、しかもその価値を過大に評価していました。バンク・オブ・アメリカや韓国の銀行による救済も進まず、レポの貸し手がリーマンから逃げ出します。ポールソン財務長官は公的資金を使わない考えを持っていました。イギリスのバークレイズによる救済案も、イギリスの監督当局の異議によって潰されます。
 こうしてリーマン・ブラザーズの救済は断念されます。

やがて、AIGの問題の深刻さも浮き彫りになってきます。AIGの監督機関であるOTS(貯蓄金融機関監督局)は問題に気付いていなかったとガイトナーは述べています。AIGCDSは、金融システムのかなりの部分を損害から保護していたので、AIGが崩壊すれば、金融システム全体に壊滅的な影響が生じかねません。世界の大手金融機関のほとんどすべてがAIGのエクスポージャーをなにかしら保有していると考えられ、ヘッジされていたと思われていたのに、そのヘッジの価値がよくわからなくなるという事態が生じる可能性があるわけです。

ただし、AIGには保険料収入があるという点が、リーマン・ブラザーズとの違いです。破産申請を出そうとしていたAIGに対して、ニューヨーク連銀に多額の融資を行うことを決定します。

こうした一連の経緯の中で、ガイトナーは、FRBの権限強化の必要性を確信します。金融システム全体の修復には、FRBの法的権限が必要です。しかし、議会はこうした権限強化に激しく抵抗します。財務長官は、議会に対して、TARP(不良資産救済プログラム)を提案します。これは、住宅ローン関連資産を購入する予算と無限の権限を求める内容です。こうした危機の状況では、ヘアカットは市場に対して間違ったメッセージを送ってしまうので、政府が強大な権限を持って対処する必要があるというのがガイトナーの一貫した考えです。TARPは議会の激しい議論にさらされながらも、結局可決されます。

 しかし、市場が売買しようとしない資産を政府がいくらで買い上げるか判断することは極めて難しいことです。したがって、TARPが可決するころには、むしろ銀行への資本注入の方が強力で効果的だという考え方が広まっていました。そして、本当に必要な権限は、負債を政府が幅広く保証する権限です。つまり、貸し手が金融機関に対して融資しても貸倒の危険性がないことを、政府が明確にすることが危機時には必要だということです。ガイトナーは、FDICに保証の提供を説得し、主要銀行に対して、資本注入と保証を受け入れさせます。

 こうした政府の救済に対しては、議会から激しい批判が寄せられます。特に、AIGの救済は、多額のボーナス問題と、資金ゴールドマン・サックスに流れたということで、激しい攻撃にさらされたとのこと。

 その後、ガイトナーオバマ政権の財務長官に指名されます。状況は依然として良くなっておらず、ガイトナーリーマン・ショックのような事態を繰り返さないよう手を打つために奔走することになります。ガイトナーオバマに対し、5つの爆弾、すなわちファニーメイフレディマックAIG、シティ、バンク・オブ・アメリカを挙げて、金融システムが依然として深刻な状況にあることを説明します。

 2008年11月、FRBは新しいプログラム、ターム物資産担保証券貸出ファシリティ(TALF)を発表します。アメリカ国民が様々なローンを利用できるのは、貸し手がローンを資産担保証券にして投資家に売っているからですが、リーマン・ショック後はこうしたシステムが機能しなくなっていたため、政府の資金でこうした仕組みを復活させようというもので、これによって消費者金融市場が復活します。

 金融機関に対しては、厳格なストレス・テストを実施します。結果が出るまでには時間がかかりましたが、ストレス・テストを受けた19行のうち9行は新たな資本を必要としておらず、5行は必要とする資本を早急に集められ、残りの5行がかなり資本が不足しているとの結果が出されます。

そして、ストレス・テストに続いて、大手銀行に半ば強制的に資本注入を行うためにTARPを拡大し、官民投資ファンドが不良資産を買い上げ、クレジット市場を生き返らせます。政府だけだといくらで買い取るか判断が難しいという問題がありましたが、バフェットの提案で、民間のマネージャーと組むことで、値付け問題を解決することになります。

住宅ローンについては、住宅ローンの元本総額の減額ではなく、毎月の返済額を減らすことで、債務者、債権者双方にとってメリットがあるやり方が選択されます。こうして、住宅ローン条件変更プログラム(HAMP)、住宅ローン借り換えプログラム(HARP)が実施されます。ファニーメイフレディマックへの資本注入も行われます。

 ストレス・テストの効果について、ガイトナーは次のように述べています。

「テストは厳しく、透明で、うまく立案されていたので、市場の不確実性を減らすのに役立った。それに合わせて、資本が必要ならTARPから注入すると約束し、金融機関の負債をFDIC連邦預金保険公社)が保証し、第二のリーマンは出さないと公に誓ったことで、私たちがシステムを支えるという信頼感が高まった。」(p442)


 こうした資本注入政策によって、60億ドル近く儲けたとのことで、結果的には納税者にとってもプラスだったことを、ガイトナーは強調しています。

 さらに、ガイトナーは、FRBの権限強化に向けた法案の折衝を議会と進めます。議会の抵抗に会いながらも、トッド−フランク法が成立し、資本、流動性レバレッジへの新たな規制の責任をFRBなどの銀行監督機関に与えることに成功します。毎年の厳格なストレス・テストが義務付けられました。デリバティブの規制も強化されます。

国際的にはバーゼルⅢによって自己資本と高品質の資本を求めることになります。レバレッジ規制も導入されます。流動性の新基準も設けられ、短期資金調達への銀行システムの依存が弱められました。

他方、トッド−フランク法では、FDICの幅広い保証権限が取り除かれ、FRBの個々のノンバンクに融資する権限も失われたと、ガイトナーは指摘します。


 以上、本書をなぞってみましたが、ガイトナーの一番のメッセージは、危機時においては、過剰なくらい大胆な行動が必要で、モラル・ハザードの観点から中途半端な対策を講じると取り返しがつかなくなるのだ、ということです。平時においては、政府の資金、すなわち税金を使って銀行を破綻から救い、債権者をヘアカットから保護するという政策は説明できない。ガイトナーはそこにパラドクスがあると指摘します。

「私たちが経験したような容赦のない金融危機では、筋が通っているように見える行動−銀行を破綻させ、債権者に損失を吸収させ、政府予算を均衡させ、モラル・ハザードを避けること−は、危機を激化させるだけだ。そして、危機を和らげるのに必要な方策は、不可解で不公平に見える。」(p625)

「けたはずれの危機では、慎重にやるほうがずっとリスクが大きい戦略なのだ。」(p643)


 そして、リスクテーキングを制約することによる予防措置の重要性についてもガイトナーは強調します。その内容は、以下にまとめられています。

レバレッジを制限し、不況期に損失を吸収できるように、まず自己資本比率の要件を厳しくする。もうひとつのショック吸収装置は流動性の要件で、取り付けを起こしやすい短期資金調達への依存を制限し、預金金融機関向けの預金保険と連銀貸出窓口を使いやすくし、デリバティブなどの金融商品のマージン要件を強化し、一般の借り手のレバレッジを制限するために住宅ローンでは頭金を要求する。ストレス・テストで私たちがやったように、銀行のリスクをもっと透明にすれば、パニックのさなかに投資家が相手の状態にかまわず逃げ出す傾向を抑えられる。これらの予防措置を効果的にするためには、法律で「銀行」と定義されている会社だけではなく、融資や長期資産投資のために短期の借入を行って、銀行のようにふるまっているすべての大企業も含め、広い範囲の金融システムに適用しなければならない。」(p628)

 ガイトナーはこうした考え方に基づいて、数々の政策を打ち出してきました。そして、こうした政策を政府が責任をもって実行できるよう、政府の権限強化に向けた法律制定に向けて、動いてきたというわけです。

 100年に一度といわれた金融危機のさなかにNY連銀総裁、財務長官を務めてきた著者の言葉はやはり重いですし、説得力はあります。現にアメリカ経済は、金融危機から既にすっかり立ち直っている状況です。

 ガイトナーは、こうした政策を講じるうえで、日本における失敗の教訓があることを随所で述べています。

「日本が当初、見ざるいわざる聞かざる方式の「寛容な監督」戦略をとり、資本不足の銀行の状況を悪化させたのとは異なり、私たちは銀行が過酷な景気後退にも生き延びられるように資本を積み増させる。その資本は、民間投資家が自主的に注入するか、私たちが強制的に注入する。最後に、銀行に支払能力がないとわかったときには、それが何年もよろめき進み、融資する力もなく、経済の足をひっぱるのを許す日本のモデルにならうつもりはなかった。」(p404)


 日本としては、あまり面白くないいわれようではありますが、しかし、金融危機というのはどこの国でも起こり得ることであり、今では世界中の金融システムがつながっていて、その影響が一国内の経済にとどまり切れない状況ができあがっている以上、金融危機への対応策のノウハウについて、各国がしっかりと情報共有していくことが重要でしょう。

 本書でも、ガイトナーは、米国の金融危機への対応を踏まえ、ヨーロッパにおけるギリシア問題へのまずい対応についてだいぶ苦言を呈したことを振り返っていますが、これもヨーロッパの問題がヨーロッパ内にとどまらず、現に米国の経済回復の足を引っ張っているという認識からのものです。

 もちろん、本書は著者にとって都合のよいことが中心に書かれているという面もあるかもしれませんが、そうした可能性を踏まえても、本書は大変重要な示唆に富んでいる証言です。