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モーパッサン「脂肪のかたまり」

脂肪のかたまり (岩波文庫)

脂肪のかたまり (岩波文庫)

 モーパッサンの短篇集が予想外に面白かったので、本作を手にしてみました。モーパッサンが30歳の時に世に出された作品です。文庫で100頁にも満たない長さなので、短篇みたいな作品ですが、これも大変洞察が深く、パンチの効いた表現に満ちた作品でした。

 プロシャの軍隊がフランス領内に攻め込み、占領を広げていく中、より安全な場所へ逃げるため、乗合馬車を用意して脱出を試みる人々がいた。馬車に乗り込んだのは、ブドウ酒問屋を営む夫婦、紡績工場の経営者の夫婦、そして伯爵夫妻の3組のカップルと、共和主義者の男、そしてブール・ド・シュイフ(脂肪のかたまり)というあだ名を持つ娼婦、そして2人の修道女。馬車の中でお腹を空かせた人たちは、ブール・ド・シュイフの持ってきた食べ物の恩恵に預かることになる。
 やがて馬車はトートという町に到着し、宿屋で泊まることに。その町はプロシャの兵士に占領されていた。しかし、翌朝になっても馬車は出発する気配がない。プロシャの士官が、ブール・ド・シュイフと寝ることを望み、それが叶うまで出発を認めないというのが背景にあるようだった。始めは皆、ブール・ド・シュイフに同情していたが、やがて、ブール・ド・シュイフが士官と寝れば物事が解決するのに、という気持ちに変わっていく。
 結局、やんわりと説得されたブール・ド・シュイフは、士官と寝ることになり、無事、一行の馬車は町を出発することができた。。。


 ストーリーは以上のような感じなのですが、この短いストーリーの中に、偽善、欺瞞、利己主義、残酷さなどなど、人間性の醜い部分がぎっしりと凝縮されているのが、この短篇の偉大なところです。トートを出発した後の、人々のブール・ド・シュイフに対する態度がいかに冷淡であったか。みんな、トートに着くまではブール・ド・シュイフに食べ物の世話になり、彼女が体を士官に捧げたことでトートを出発できたにもかかわらず、泣き続けるブール・ド・シュイフを横目に、食事を分け与えることすらしません。

 決して清々しい読後感を抱けるような作品ではありませんが、モーパッサンの才能を存分に堪能できる短篇です。