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竹森俊平「逆流するグローバリズム」

逆流するグローバリズム (PHP新書)

逆流するグローバリズム (PHP新書)

ここのところ、ギリシア問題が山場を迎え、大いに話題となっているところですが、ギリシア問題の本質が何か、あるいはそれが日本にどのような影響を及ぼすものであるかについては、案外正確に知られていないように思います。本書は、その辺の事情を分かりやすく解説しています。

本書が強調しているのは、欧州におけるコアとペリフェリー(外縁)の共犯関係です。つまり、コアとペリフェリーではペリフェリーの方がインフレ率が高く、両者との間には金利差があった。このため、ドイツで借りたお金をスペインなどのペリフェリーで投資した方が有利ということになります。そしてドイツはペリフェリーにお金を貸して、自国で作った製品を輸出しようという目論見がありました。

「貿易面からみれば、インフレ率が低いドイツは国際競争力を高めていく。資本取引からみれば、ペリフェリーでは、インフレ率が高いから、インフレ率の低いドイツで資金を借りて、ペリフェリーに投資すると実質金利がマイナスになり、利ザヤが稼げる。そういうことです。この両面が相まって、ユーロ危機以前に、欧州は二極分解していた。生産国と消費国、つまり、つくる国とつかう国に二極分解していました。」

こうした偏ったインフレの状況に対し、ユーロ圏では全体の金利を調整することはできません。ECBは一つの金利しか決められないからです。これは単一通貨の根本的な矛盾と言えるでしょう。

本書では、ドイツによると「非救済条項」の厳格すぎる解釈にも批判を展開しています。これは、EUにおける加盟国間の財政支援を禁止するものです。ギリシアのような財政状況の悪い国が出てきた場合、ギリシアはECBがギリシア国債を担保に資金を融通するなどしなければ、国中にお金がなくなる危険が生じ、銀行の取り付けが起こる可能性があります。ところが、こうした事態に直面しても、非救済条項を厳格に解釈すれば、ECBは流動性の危機に陥っているギリシアに資金を提供することができないことになります。

そこで考えられたのが、IMFによる救済です。これまでIMFの支援は、外貨建ての債務を持った国に対して行われてきましたが、今回のギリシアのケースでは、ユーロ建ての債務しかないギリシアを対象として実施されました。しかも空前の額です。こうしてIMFが融資した資金は結局返ってこないリスクが相当高いと思われます。その結果得をしたのが誰か。それは、ギリシアにお金を貸していたドイツなどの銀行です。いっぽう、返ってこなければ、IMF資金を拠出している国は損を被ることになります。日本はIMFへの拠出額で見ると、米国に次ぐ第2位となっています。

結局、ドイツが非救済条項を頑なに守ろうとした結果、IMFは支援を余儀なくされ、日本も拠出国として負担を被る結果となっているという構図が浮かび上がってきます。

メルケル首相は、ギリシアの救済方策について最後まで迷っていたようですが、最終的には、ギリシアをユーロ圏内に止めさせる方途を選択します。それは、ギリシアの離脱という事態がこれまで経験のない事態であり、その影響の大きさを誰も予測できなかったからです。だから、最終的には、ECBのドラギ総裁が、ユーロを守るためには何でもするという道を選択し、問題国の国債を無制限に買い入れることと決めた時、メルケル首相はそれを許容することになります。

さらに、著者はIMFの支援が欧州の国に対して甘いのではないかと指摘します。それは、ギリシアだけでなく、ウクライナ支援にも当てはまります。これがアジアの国々であれば、そうは行かなかったでしょう。結局IMFは欧州の国々が力を持つ構図になっており、中国などの新興国にとって、その経済力に応じた発言権を与えられていない構図となっており、そうした不満が、中国によるAIIB創設につながったというのが、著者の見方です。

ギリシアの問題と中国のAIIBがこんな形で結びついているというのは、鋭い指摘です。

本書でも指摘されていますが、日本では今回のギリシア問題がIMFの支援が貸し倒れることを通じて日本の損失につながるという問題意識があまり見られません。今年3月にメルケル首相が来日し、一月にもIMFのラガルド専務理事が来日していますが、著者はこうした来日のタイミングとギリシア問題を結びつけて捉えています。ギリシア問題の処理に当たっては、IMFに多額の拠出金を持つ日本の理解が不可欠なのです。

本書を読むと、IMFがいかに欧州贔屓であるかについて改めて認識させられます。そして今ギリシア支援を巡って多額の支援が貸し倒れそうになっている、そうした事実に日本人はもっと敏感になっても良いのかもしれません。

タイムリーなテーマの本でした。