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ポール・オースター「偶然の音楽」

偶然の音楽 (新潮文庫)

偶然の音楽 (新潮文庫)

 ポール・オースターによる1990年に公表された作品です。

 主人公ナッシュは消防士の職に就いていたが、妻に家出され、その後、娘を姉に預けて、車でひたすら走り続ける旅に出る。そして、行方が分からなかった父親が死亡したことで、不意に多額の遺産を手にすることになる。

 車で走っているときに、ボッツィという一人の若者に出会う。ボッツィはギャンブル好きで、ギャンブルを巡るトラブルによって袋だたきに合い、傷だらけで歩いていたときに、ナッシュと出くわしたのだった。

 ボッツィは、近々、ある2人の男とギャンブルをする予定であり、そのための資金が必要だという。ナッシュは自分の財産をボッツィに賭けることにする。

 ボッツィとナッシュは、2人の男が住む屋敷に向かう。そこで、丁重にディナーを振る舞われ、邸宅を案内された後、いざポーカーが始まる。最初好調だったボッツィであったが、やがて負けが込み、ナッシュが賭けた財産に加え、ナッシュの車も奪われ、さらに借金を背負う結果に終わってしまう。

 ナッシュとボッツィは、2人の男たちから、借金を返済するまで、敷地のトレーラーに住み込み、ひたすら壁を作る仕事に従事することに。マークスという男が監視役となる。淡々と作業は進められていく。ある日、2人の男たちは、ナッシュとボッツィのために娼婦を呼んでくれたが、その分、借金は積み上がってしまう。

 やがて、ナッシュはボッツィを脱走させたが、ボッツィは瀕死の状態で発見される。ナッシュは、ボッツィはその後病院に連れて行かれたと聞かされるが、おそらくどこかで殺されたと思われた。

 ナッシュはやがて壁づくりの目標を達成する。マークスたちはナッシュを外の店に飲みに連れて行く。帰りの車はナッシュが運転することに。ナッシュはスピードを上げていく。対向車のヘッドライトが近づいてくるが、ナッシュはアクセルを更に踏み込んだ。。。

 
 ここで小説は終わるので、ナッシュたちがその後どうなったかは分かりません。おそらくは対向車と正面衝突したのでしょう。 

 ナッシュの生き方はどう考えても支離滅裂です。成り行きに身を任せてせっかく手にした遺産を消尽していき、偶然出会った若者のギャンブルに全財産を費やしてしまう、そして、壁の作業から抜け出す機会があってもあえてそれを拒否して壁を作り続けるという生き方は、あまりに刹那的です。しかし、そうだと分かりつつも、なぜか読者はそうした生き方に共感してしまう面があり、そこにこの小説の魅力があるように思います。

 さて、この小説のタイトルがなぜ「偶然の音楽」なのかは、いまいちはっきりとはしていません。最後の場面でナッシュが車を運転しながら、ラジオからクラシックが流れていて、それが誰の音楽だったかとナッシュはあれこれ考えており、これがタイトルの由来かもしれません。

 他方、本書のあとがきの中で、小川洋子氏は、トレーラーの中で娼婦を呼んで繰り広げたパーティーで、気がついたらナッシュが子供の頃に覚えた賛美歌を口ずさんでいた場面が、タイトルの由来だとしています。私もそう思いました。

 タイトルに音楽という文字が入っていながら、音楽に溢れている作品ではありません。しかし、だからこそ、この賛美歌を口ずさんだ場面が、音楽と一緒にくっきりと浮かび上がって、ことさらに強調されているような気がします。

 期待通りの作品でした。