- 作者: ピエールルメートル,橘明美
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2014/09/02
- メディア: 文庫
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非常勤の看護師のアレックスは、何者かにさらわれ、檻の中に全裸の状態で監禁される。誘拐したのは、廃病院の管理人を務めるトラリユーという男で、トラリユーはアレックスが自分の息子の行方を知っているのではないかと思っていた。
アレックスの誘拐現場の目撃者がいたため、警察では誘拐事件として捜査が開始された。捜査の担当は、小柄なカミーユ警部。カミーユは妻を誘拐事件で亡くしていたため、この事件に関与することを躊躇していたが、上司で友人でもあるル・グエンからの要請で、かつてチームを組んでいた気の合うメンバーとともに事件を担当することに。
やがてトラリユーが捜査線上に浮上したが、警察に追いつめられたトラリユーは橋から飛び降りて車に轢かれて死んだ。
トラリユーの死後、アレックスは自ら監禁から脱出した。一方、警察は一人の女性が硫酸を用いた殺人に関わっていることを突き止める。トラリユーの息子も硫酸で殺害され埋められているのが見つかった。
事件は女性監禁事件から一転して、女性の後を追う展開へと向かっていく。
アレックスは、脱出後、次々と硫酸を用いた殺害を繰り返す。そして、容疑者の女はホテルで遺体が見つかった。警察の捜査は後手後手に回ってしまう。
カミーユは、アレックスが捨てたゴミの中から身元を特定した。そして、アレックスが殺害した人たちが皆、アレックスと関わりのある者であることを突き止める。
警察はアレックスの兄と母親を呼んで尋問する。アレックスの異父兄は、アレックスが小さい頃から性的虐待を繰り返しただけでなく、アレックスを売春させたいたのだった。アレックスはそのとき、硫酸で襲われ、子供を産めない体にさせられていた。硫酸で殺害されたのは、かつて幼いアレックスが性的関係を持たされた人々とその関係者だった。アレックスは、今は家庭を持つ異父兄に対して多額のお金を求めていた。。。
それにしても、壮絶な復讐劇です。硫酸でやられた分、硫酸を喉に流し込んで苦しませて殺害する手口の残酷さと、アレックスの冷静な人物像のギャップが、読む人の背筋を凍らせる迫力を与えています。
最後、アレックスは、自分に自殺する動機などないかのように見せかけ、兄が自分を殺害したかのような状況証拠を作り出しますが、これこそ最大の復讐と言えるでしょう。カミーユらもおそらく、アレックスは自殺したことは分かっていた。しかし、あえてアレックスの作ったシナリオに従って、兄を殺人罪で逮捕することになります。
だから、最後の場面で、予審判事のヴィダールから、「われわれにとって大事なのは、警部、真実ではなく正義ですよ。そうでしょう?」と訊かれたカミーユは、微笑みうなずきます。
この小説が広く受け入れられた背景には、登場人物のキャラクターに係る描写の巧さがあると思います。アレックスも最初の方では、普通に日常生活を送っているアラサーの独身女性が突然事件に巻き込まれたかのような描写ですが、次第に壮絶な監禁を経て脱出し、硫酸による殺人を繰り返して、最後は自殺することになるわけですが、その描写からは、アレックスがなぜ冷酷な手段で殺害を繰り返しているのか読者は分かりません。何か大きな秘密が隠されているのではないかという読者の期待が最大限に膨らんだところで、第3部で次第にその秘密が浮かび上がってくる、という大変巧みな構成になっています。
そして、警部のカミーユの人物設定がやはり際立っています。妻を凄惨な誘拐事件で亡くすという哀しい過去を抱え、上司にははっきりと物を言う親分肌でありつつ、他方、部下には慕われ、暖かいハートを持ち合わせているというキャラクターが大変魅力的です。
アレックスの悲惨な境遇にも同情を寄せ、アレックスに辛い思いをさせてきた兄に対する憤りを感じ、亡きアレックスの残したシナリオに従って兄を殺人罪で逮捕するというカミーユの行動は、法正義の観点からはもちろんあってはならない行為ということになるのでしょうが、なぜかカミーユの行動に共感してしまいます。
大きな世界観に裏打ちされたような壮大なミステリーというわけではありませんが、一言で言えば、プロットの巧妙さで勝負している純粋なミステリー小説というところでしょうか。