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ポール・オースター「鍵のかかった部屋」

鍵のかかった部屋 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

鍵のかかった部屋 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

 ポール・オースターのニューヨーク三部作の最後を飾る作品です。私のこれまで読んだ小説の中で、1、2を争う素晴らしい作品と言っても過言でないほど楽しめた作品です。

 主人公の私の幼なじみのファンショーが、妊娠した美人妻ソフィーを残して失踪する。ファンショーは小説や詩などの原稿を書きためており、それをどうするかを私に託するとソフィーに話をしていたのだった。

 私はファンショーの原稿を確認するが、それは優れた作品だった。出版社に相談すると、とんとん拍子に出版され、その作品は瞬く間に売れた。

 私はファンショーの妻ソフィーに恋をした。そして、ファンショーからは私に手紙が届く。そこには、ソフィーと一緒になり、子供の父親となることを求める内容が書かれていた。そして、もし自分を見つけることがあれば、私を殺すということだった。

 それから、私はファンショーの伝記を書くことになる。ここから私の生活はおかしくなっていく。

 私はファンショーの母親の元を訪れるが、その母親と肉体関係を持つことに。そして、ファンショーの足跡を追うために私はパリに飛ぶが、そこで錯乱状態に陥ることに。いつの間にか、私はファンショーの姿を追い求めていた。

 再びニューヨークに戻ると、ファンショーから話がしたいとの手紙が届いたため、ボストンに向かう。そこでファンショーの居場所にたどり着くが、ファンショーは扉の向こうで銃を構え、頑なに姿を見せず、声だけのやりとりだった。ファンショーは名前を変えており、ファンショーは結局私と面と向かうことなく、私に一冊のノートを渡した。私はニューヨークに戻る途中、渡されたノートのページを一枚一枚破りとり、くずかごに捨てたのだった。。。


 この作品の柱は、私のファンショーに対する心理でしょう。ファンショーは幼い頃から人望の厚い人物であり、私はファンシーに対するライバル心のようなものを抱いています。だから、ファンシーの作品を妻のソフィーから受け取ったとき、それが素晴らしいものであってほしくないという気持ちを抱くのです。

 そして、ファンショーの母親と関係を持ったときの心理描写が秀逸です。早くに夫を亡くした母親は不安定になり、ファンショーとの関係もぎくしゃくするようになっており、息子に憎悪を抱くようになります。

「最近僕は思うようになったのだが、もしかしたら彼女は、僕の中にファンショーに対する憎悪を感じとったのではないだろうかー彼女自身のそれと同じくらい強い憎悪を。おそらく彼女はわれわれのあいだの、この言葉にされない絆を嗅ぎつけたのだ。・・・むしろ僕は、彼女の共犯者だったのだ。」

 さらに私は次のような思いにたどりつきます。

「僕はファンショーを殺したいと望んでいたのだ。ファンショーが死ぬことを欲していたのだ。そして僕はそれを実行するつもりだった。彼を探し出し、殺すのだ。」

 そして、次の描写は思わずため息が出るほど素晴らしいものです。

「ファンショーはまさに僕がいるところにいるのであり、はじめからずっとそこにいたのだ。彼の手紙が着いた瞬間から、僕はずっと、彼の姿を想像しようと苦闘していた。彼がどんな様子をしているのか、頭の中に思い描こうとしていた。だが僕の頭はいつも、ひとつの空白を浮かび上がらせるだけだった。せいぜい出てくるとしても、あるごく貧しい情景にすぎなかったー鍵のかかった部屋のドア、それだけだった。・・・いまや僕は理解した。この部屋が僕の頭蓋骨の内側にあるのだということを。」

 訳者の解説でも指摘されていますが、追っている側が実は追われていたという本作品の構図は、『幽霊たち』でも見られるものです。 最後にそれが判明することで、これまでの前提がひっくり返るような衝撃をもたらすという意味で、大変効果的な展開と言えます。

 それにしても、柴田元幸氏の訳は本当に読みやすいです。あっという間に読み終えてしまいました。