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映画、書評、ジャズなど

池内恵「イスラーム国の衝撃」

イスラーム国の衝撃 (文春新書)

イスラーム国の衝撃 (文春新書)

 イスラム関係の本をいくつか手にとってみましたが、本書が最も分かりやすく、深い洞察に基づくものだと思います。

 本書を読んでまず認識することは、イスラーム国を単なる残酷なテロリストと規定することは的確ではないということです。

 もともとイスラーム国は、サダム・フセイン政権の崩壊の中から生まれてきた「イラクのアル=カイーダ」が原型となっています。その指導者だったヨルダン人のザルカーウィーが2006年に空爆で死亡すると、その後を継いだのがバグダーディーです。

 バグダーディーは就任時から将来のカリフ位就任を念頭に置いていたのではないかと著者は推測します。この点に関連して、本書では興味深い指摘がなされています。それは2005年にヨルダン人ジャーナリストのファード・フセインという人物がルポタージュの中で述べていることですが、アル=カイーダの指導者たちは2005年当時までに、2000年から2020年にかけて7つの段階でイスラーム国家を設立するための行動計画を構想していたというのです。

 その7つの段階とは、以下のようなものです。

(1)目覚め(2000-2003)
(2)開眼(2003-2006)
(3)立ち上がり(2007-2010)
(4)復活と権力奪取と変革(201-2013)
(5)国家の宣言(2013-2016)
(6)全面対決(2016-2020)
(7)最終勝利(2020)

 第一の目覚めの時期に該当するのは9・11、第二の開眼の時期には若者たちのジハード参加があり、第三の立ち上がりの時期にはイラク以外の地域に治安の乱れが生じ、第四の時期にはアラブの春が起こっています。そして第五の時期イスラーム国はモースルを陥落させ、最低限の国家の体裁を整えることになります。このように見てくると、現時点まではアル=カイーダの当初の想定どおりに物事が進んでいるかのようにも見えます。

 こうして今、イスラーム国は正に国家としての道を歩み始めようとしているかに見えるわけです。

 著者は、次のように述べます。

「「イスラーム国」の台頭は、グローバル・ジハードの思想と運動の発展と、「アラブの春」によって生じた政治変動の帰結が結びついたところに生じた。」

 つまり、アル=カイーダに忠誠を誓う組織が世界中に現れ、それをアル=カイーダがお墨付きを与えていくことで、ある種の「フランチャイズ化」が進んでいき、グローバルなジハードが広がっていったわけですが、そんな中、「アラブの春」によって中央政府が弱体化し、辺境統治の弛緩をもたらし、各地に統治されない空間が出現し、その統治されない空間に自由な活動の場を見出したことで、イスラーム国などのグローバル・ジハード運動が活動を活発化させたというわけです。

 イスラーム国は、イラクとシリアに生じた聖域に支配地域を広げていきます。イラクにおけるイスラーム国の支配地域は、スンナ派が多数を占める地域です。サダム・フセイン政権においては、少数派であるスンナ派が政権を握っていたわけですが、フセイン政権が倒れると、シーア派とクルド勢力が政権の中枢を占めるようになります。スンナ派の住民たちは当然、現政権に対して反感を抱いているわけです。

 アメリカは当初、イラクスンナ派の住民たちを取り込むため、「イラクの息子」という自警団を結成させていました。ところが米軍が撤退すると、マリーキー政権は「イラクの息子」たちとの約束を反故にし、「イラクの息子」を野に放ってしまい、イスラーム国がそれを吸収することになったのだと本書では指摘されています。この「イラクの息子」のみならず、イスラーム国は旧フセイン政権の軍・諜報機関の関係者も指導部に含んでいるとのことです。

 イスラーム国のシリア国内での位置づけは微妙です。反アサド政権を唱えるゴーラーニー率いるヌスラ戦線とイスラーム国とは対立しているからです。一時はアサド政権もイスラーム国進出地域には空爆を控えていたのはこうした事情があります。しかし、イスラーム国の威信が高まっている中、ヌスラ戦線の中にも、イスラーム国への合流を目指す勢力が現れているとのこと。

 こうして、イスラーム国は国家としての支配地域を確立しつつあるわけです。

 このイスラーム国の思想は、終末思想が色濃く反映されているという指摘も興味深い点です。預言者たちが生きた7世紀の時代と現在を重ね合わせることによって、イスラーム国こそが終末的な闘争において善の勢力を担っており、初期イスラームの征服行の再来であるかのように主張しているのだと本書は指摘します。

 こうして見てくると、イスラーム国は周到な戦略の下で国家建設が進められているように思われてきます。宣伝戦略もかなり洗練されていると言わざるを得ません。本書で指摘されていることですが、例えば、人質殺害映像も、殺害の瞬間の場面は外されています。これはネット上で多くの人たちに見てもらうための戦略だというわけです。また、外国人戦闘員、特に欧米出身者の存在を強調している点も巧妙です。

 では、イスラーム国は今後どのような形に向かっていくのか。著者は、イスラーム国がこのまま領域を拡大させて大帝国になっていくことは現実的に考えにくいとしながらも、イスラーム国を消滅させることも困難だと指摘しています。特に、遠隔地での直接的なつながりがない組織による合流の表明が生じやすくなるのではないかと述べています。

 そして、事態を収拾する能力を持つのは、地域大国しかないと述べています。地域大国としては、イランとトルコ、サウジアラビアとエジプトが候補となり得るとしています。

 現在の中東情勢を理解する上で必須の本です。