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映画、書評、ジャズなど

下斗米伸夫「プーチンはアジアをめざす」

政治

プーチンはアジアをめざす―激変する国際政治 (NHK出版新書 448)

プーチンはアジアをめざす―激変する国際政治 (NHK出版新書 448)

 表題のとおり、プーチンの外交戦略について述べられた本です。現在のウクライナ情勢に対する見方を大いに深めてくれます。

 ウクライナ情勢というと、プーチンウクライナの内部対立に乗じてクリミアを侵略したという平板な見方をしてしまいがちですが、本書を読むと、それほど単純な問題ないではないことを認識させられます。

 本書では重要な視点がいくつか指摘されているのですが、一つ大きな指摘は、タイトルにもあるように、

プーチンがユーラシア主義にもとづいて、欧米からアジアへの東方シフトを進めようとしている」

という点です。

 プーチンは中国に警戒感を抱いているとのこと。中国は市場として魅力ではあるものの、ロシア極東が中国のエネルギー基地と化すことには十分な注意を払っていると本書では指摘されています。プーチンがかつてユーコス社を解体に追い込んだのも、同社が中国に民間パイプラインを引こうとしたためです。
 また、中国との関係では、ロシアは領土問題を抱えている点も重要です。ウラジオストックも含めた沿海地方はかつてロシアが清国から割譲されたものです。

 プーチンはかつて、ロシア、ベラルーシウクライナのスラブ系三民族に加えて、中央アジアカザフスタンキルギスを統合しようというユーラシア構想を打ち出していますが、これも中国への対抗策という意味合いが強いと本書では指摘されています。すなわち、かつてのロシアの裏庭だった中央アジアが中国経済に席捲されている現状にプーチンは危機感を抱いているというわけです。ウクライナも中国の得意客となっており、ウクライナ問題が長引けば、ヨーロッパだけでなく中国にもウクライナは席捲されてしまうのではないか、こうした危機感がプーチンにはあったようです。
 かつてクリミア戦争で敗北したロシアが中国や日本に関心を強めたように、ロシアの東西は密接につながっている事実が歴史上も確認できます。

 こうした状況の中でプーチンが最適なパートナーと考えているのは日本です。北極海からアジアにエネルギーを輸送する上で、ベーリング海から千島列島オホーツク海を経て宗谷海峡を通り日本海に至るという最短ルートを安定化させるためにも、日本との北方領土問題の解決が必要になってくるというわけです。
 著者によれば、もともとソ連歯舞諸島色丹島は返してもいいというスタンスだったのが、日本とソ連の接近を警戒したアメリカの横やりで待ったがかかったというのが真相のようです。
 この北方領土問題と尖閣諸島問題が意外なところでつながっているというのは興味深い点です。最近中国は尖閣諸島問題を巡ってロシアと奇妙な取引を図ろうとしたようです。中国は、ソ連との国境問題を抱えていた経緯から、北方領土を日本領と認めてきた数少ない国であるとのこと。そこで中国は、北方領土が日本領であるという見解を覆し、そのかわりにロシアは尖閣諸島について中国領であることを認めよという提案をしてきたとのこと。これに対しプーチンは早々に拒絶したようですが、こうした動きがあったこと自体、あまり日本では知られていません。


 本書でもう一つ大きな指摘は、ウクライナナチスの関係でしょう。西ウクライナは自分たちはヨーロッパ人だという意識が強く、第二次世界大戦では、ナチス・ドイツとスターリンソ連との狭間で、前者と手を組んだという歴史があります。ナチス・ドイツがウクライナを占領した際は、西ウクライナ民族派の協力のもと、多くのユダヤ人が犠牲になっているようです。つまり、東西ウクライナで、ヒトラー相手に闘った人たちと、ヒトラー側で闘った人たちとが一緒の国で共存することになったというわけです。ちなみに、イスラエルは今回のクリミア住民投票を無効とみなす国連の決議案の投票に棄権しているようですが、その背景には、ウクライナ暫定政権にネオナチが入り込んでいたという面があるようです。
 つまり、今のウクライナの状況は、第二次世界大戦中の対立構造の再現という面もあるわけです。

 さらに、今回のウクライナの対立構造は、宗教にも大きく絡んでいます。つまり、キリスト教内部の正教とカトリックの対立も背景にあるわけです。著者は問題の本質は、サミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」で説明できると指摘しているのも、こうした認識に基づくものです。


 こうした本書の指摘を見ると、ウクライナ情勢の根深さがよく理解できます。単なる国内問題にとどまらず、ロシアの国際戦略や第二次大戦中のユダヤ人虐殺問題とも絡んでいることがよくわかります。また、アメリカの国務次官補のヌーランドが反ロ派であったことなども、アメリカのウクライナ問題に対する姿勢に影響しているわけです。

 プーチンの祖父がかつてレーニンのコックだったことなど、プーチンに関わる豊富なエピソードも大変興味深いです。

 ウクライナ情勢の本質を的確に掴む上で重要な本です。