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アティフ・ミアン/アミール・サフィ「ハウス・オブ・デット」

 

ハウス・オブ・デット

ハウス・オブ・デット

 

 リーマンショックは住宅資産の下落によって引き起こされたわけですが、本書は、こうした住宅資産の下落によって、債務者が一方的にリスクを背負いこむことになることを痛烈に批判し、債権者とリスクがシェアされるような仕組みを提案しています。

メッセージはシンプルですが、読んでみると大変深みのある議論が展開されており、今年読んだ経済書の中では、ある意味、もっともしっくりくる内容でした。
 
本書のメッセージは、以下に端的に表現されています。
「金融システムは、住宅所有者にすべての損失を押し付けている。つまり、金融システムは、実際は私たちのためではなく、私たちに不利に働いているのだ。」(p17)
 
この文章が意味するところは、住宅価格の暴落のリスクが、住宅所有者に集中されているということです。つまり、住宅価格の暴落は、ローンを組んで住宅を購入している純資産の少ない貧しい家計に打撃を与えることになるわけです。
 
例えば、2万ドルの頭金で10万ドルの家を購入したケースを考えてみると、家の価格が8万ドルに下落すると、住宅所有者の純資産は完全に消失します。債権者たる金融機関は、住宅を差し押さえることになり、投げ売りが始まりますが、それがさらに、住宅価格の暴落に拍車をかけます。現に、米国の危機においては、差し押さえの手続が簡単な州ほど、住宅価格の下落が大きかったとのこと。
 
こうして、住宅価格の暴落が債務者に打撃を与えることにより、消費が落ち込みます。ここに本書の重要なメッセージの一つがあるのですが、債務を持つ家計は、資産価格の暴落時により多く消費を減らすとのこと。債務を持つ家計は、限界消費性向が高く、それこそが、不況をもたらした要因だったというのが、本書の重要な指摘です。
「住宅価値が下落すると、住宅に対する債務の割合が高ければ高いほど、よりいっそう家計は消費支出を減らす、という強い相関関係があることがわかる。」(p54)
 
こうした分析を踏まえ、本書はLL理論(レバード・ロス、債務損失増幅)なるフレームワークを提唱します。不動産価格の下落が消費支出に与える影響は、①住宅資産価格の変動によって最も支出額が影響を受けやすい人々(債務者)に損失が集中する構造であること、②差し押さえがあることによって、最初に発生した住宅価格ショックの負の影響が増幅される、という二点により、増幅されるというわけです。
 
本書の主張のもう一つの興味深い点は、バブルの時でも融資が膨らむメカニズムの説明です。本書では、楽観主義者と悲観主義者を想起した上で、楽観主義者の積極的な資金調達に対して、結果的に悲観主義者が積極的に融資をすることが、資産価格の上昇に拍車をという皮肉な構造を指摘しています。端的に言えば、債務者は資産価格の暴落によって資産を失うリスクが高いものの、銀行は、担保によって自分たちの資金が守られるため、資産価格の上昇に助長してしまうのです。
「貸し手は、安全だと確信しているから貸すことに同意する。価格が下がっても、担保があれば安心だと信じているからだ。債務がバブルを引き起こす理由は、ひとつには、バブルが弾けても貸し手は影響を受けないという安心感を貸し手に与えている点である。」(p156)
 
このように、債務が問題だとすれば、銀行を救済するという従来の救済策は間違っているのか?この点について、本書では、銀行救済の必要性を否定します。本書では、スペインの住宅バブルの例を引いていますが、スペインでは、法律により、銀行に家を引き渡した後でさえも住宅ローンの支払い義務が残ったとのこと。つまり、家を追い払われた後でも、破産によって負債が免除されることはなかったとのこと。そうなると、債務者は一生元本返済の義務を負うとともに、新たな賃貸契約も難しくなってしまうわけです。こうした過剰な銀行救済政策によって、スペインの景気後退は最悪の状態になったと本書は指摘しています。
ただし、銀行救済が必要ないかというとそうではなく、取り付けの発生は防ぐ必要があります。つまり、預金者や支払いシステムは保護する必要があるわけですが、一方、銀行の長期債権者や株主への救済までは必要ないと、本書は断言します。救済すべきは銀行ではなく、家計だというのが本書のスタンスです。
 
家計の救済のためには、差し押さえを回避することが考えられますが、その障害となるのが住宅ローン証券化です。証券化によって住宅ローンの所有者が銀行ではなくなっており、証券の管理機関によるローンの見直しのためには、証券化プールの全員の同意が必要な場合が多かったためです。こうして、証券化というシステムが、住宅所有者が住宅ローンを見直しするのを妨げていたわけです。
 
家計の救済としてもう一つ考えられるのは、債務減免です。本書では債務減免を効果的な政策だとします。
「元本減免は、住宅市場崩壊に伴う損失をもっと公平に共有するという結果をもたらしただろう。債務者にほとんどすべての苦痛を背負わせるのではなく、債務者と債権者がもっと平等に富のショックを吸収できただろう。債務者は収入が低く、債務比率が高い傾向がある一方、債権者は収入が高く、債務率が低い傾向があることを考えると、より公平に損失を分け合うことが、限界消費性向が非常に低い者から、限界消費性向が非常に高い者に富を移転させていただろう。そしてこれが、経済全体の需要を押し上げていただろう。」(p193)
 つまり、本書の主張は、債務者と債権者とが住宅価格下落のリスクを共有すべきという点にあります。そのための手法として、本書では、債務契約をエクイティ的にすることを提案しています。本書ではそれを責任共有型住宅ローンSRM,Shared-Responsibility Mortgages)と呼びます。その特徴は次の2点です。
(1)価格が下がった場合には、貸し手はダウンサイド・プロテクションを借り手に提供する。
(2) 価格が上がった場合には、借り手は5%のキャピタル・ゲインを貸し手に差し出す。

例えば、2万円の頭金で10万ドルの家を購入したところ、家の価値が7万ドルに下がってしまったようなケースを考えた場合、通常のローン契約であれば、住宅所有者は住宅純資産の全額を失うことになりますが、ダウンサイド・プロテクションがあれば、住宅所有者のローンの返済は、住宅価格下落の割合に応じて減らされることになります。住宅価格の下落に合わせて自動的に元本が減額されるというわけです。

他方、住宅価格が上昇した場合、値上がりによるキャピタル・ゲインは債務者と債権者とで共有することになります。
こうしたシステムの導入により、住宅価格の下落時には、債権者にも責任が分担され、純資産が少ない家計が救済され、消費や景気の減退を防ぐことができるというわけです。加えて、差し押さえも回避されることが期待されます。
 
 
 以上が、本書の概要です。
問題の本質をデータに基づいて抉り出しており、近年読んだ経済書の中では、自分の中でもっともストンと落ちる感じがした良作でした。
歴史的に見て、大きな経済危機の引き金になっているのは、住宅価格の下落である場合が多いことは言うまでもありません。住宅ローンによる住宅購入者が、住宅価格の下落により、住宅所有者はアンダーウォーター、すなわち住宅の資産価値がローン残高を下回る状況に陥ると、住宅は差し押さえられ、住宅ローン債務者による消費が激減し、景気全体悪影響を与えることになります。そこで、住宅価格の下落のリスクを、債権者にも負ってもらう、その代わり、住宅価格が上昇すれば、債権者もその分のメリットを享受できるようにしよう、というのが本書の一番の主張です。つまり、銀行が住宅所有者に対して、デットではなく、エクイティを提供するということを意味します。
 
これはなかなか斬新な提案のように思います。近年、住宅ローン金利は極めて低い状況となっているわけですが、こうしたエクイティ的な資金とすることによって、銀行ももっと多くの利ザヤを手にすることができます。住宅価格が下落しても、経済全体に与える影響も抑えることができるでしょう。
 
他方、銀行側としては、従来のデット型の方が、担保価値いっぱいまで資金回収できるため、なかなかこうした発想には向かわないと思われますので、実現可能性という意味ではそう簡単ではないように思います。
 
いずれにしても、問題提起の書としては、本書は極めて示唆に富んでおり、一読の価値は十分にあります。