フランスの2022年の大統領選挙でイスラムの大統領が誕生したという設定の小説です。フィクションとはいえ、リアリティに充ちた雰囲気で、しかも、最近のシャルリー・エブド事件や、シリアから欧州への大量の難民流入などを見ると、ますますリアリティを感じてしまいます。
主人公フランソワは、パリの第四大学に勤務する教授で、フランスの19世紀末のデカダン作家ユイスマンスの研究者。ミリアムというユダヤ人の恋人がいた。大統領選挙が近づくにつれて、世間はそわそわした雰囲気になっていた。国民戦線が第一党になるにしても、左派の社会党とイスラム党が激しく2位争いをしており、この2つの政党が組んで第2回投票が行われれば、イスラム政権が誕生することになったからだ。ファシスト政権よりもイスラム政権を有権者が選ぶ可能性は十分にあった。こうして案の定、イスラム政権が成立する。この政権は、地中海周辺諸国を含む壮大な帝国の再建を目指していた。それは、トルコやモロッコ、ひいてはチュニジア、アルジェリア、エジプトも含む大きな連合だ。
他方、大学に残るためには、イスラムへの改宗が求められた。フランソワは大学に残ることができなかった。生涯年金が出るので生活に困ることはなかったが、パリを離れてしばらく滞在し、むなしい心を癒すために風俗にはまったりしていた。かつての恋人ミリアムはイスラエルに移住していたが、連絡も次第に途絶えていった。
そんな中、同じく大学の教官だったルディジェは、イスラムに改宗し、政権の中で地位を得ていた。ルディジェはフランソワに対し、大学に来るように誘う。フランソワのユイスマンスの研究を高く評価していたのだった。ただ条件は一つ、イスラムに改宗することだった。フランソワはイスラムへの改宗を決意するのだった。。。
この本のタイトル『服従』は、ルディジェがフランソワをイスラムに改宗させて大学に呼び寄せるために説得に当たっている際に出てくる言葉です。ルディジェは、ドミニク・オーリーが『O嬢の物語』を書いた家に住んでいたのですが、その本の言葉を引用しながら、次のように述べます。
つまり、「服従」というのは、イスラムの強さの源泉だというわけです。
西欧文明から見ると、なぜイスラムがここまで多くの人々を惹きつけてしまうのか、なかなか理解できません。しかし、本書を読むと、西欧文明というのは、我々西側社会の人たちが考えているほど、堅牢なものではないということを、改めて知らされます。
堅牢だと思われていた文明が崩れつつあるときに、服従を強いる文明が忍び込んでくることによって、それはあっという間に崩壊し、人々は服従の方にすり寄ってしまうかもしれないわけです。現に、ヨーロッパは、ギリシア危機などで通貨統合の失敗が叫ばれ、シリア難民問題では、結束が崩れつつあります。
本書は、フランスという西欧文明のど真ん中にイスラム政権が誕生するという設定によって、そんなヨーロッパの脆い状況をうまく描いているように思います。