- 作者: 佐藤可士和,四国タオル工業組合
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2014/11/20
- メディア: 単行本
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四国タオル工業組合は、バブルの時代の1989年に工場跡地の購入により17億円という莫大な借金を背負うことになります。組合の理事たちは個人保証を負うことになりますので、誰も理事になりたがらず、組合は求心力を失います。さらに、2000年代に入ると、中国の輸入品に押され、輸入を制限するセーフガード発動を求める声が高まります。しかし、その声も通らず、さらに組合への不信感は高まりました。
そんな中、四国タオル工業組合は、JAPANブランド事業を活用してブランド化に向けた取組を開始することになります。ちょうどその時期、組合の借金問題も、外資系ファンドによる土地の買い取りによって解消されることになり、タイミングよくブランド化の取組が開始されることになります。
当初、佐藤さんのところにブランディングの相談が来た際、佐藤さんは消極的だったようです。とにかく予算が少なすぎたのです。しかし、佐藤さんにプレゼンとされた今治タオルを使った途端、佐藤さんの気持ちはたった1分で「よし、やろう!」と覆ったとのこと。
「驚き、というより、感動だった。やわらかくて、風合いが素晴らしく心地いい。使っていても、体を拭くという感覚じゃない。肌に当てるだけで、タオルが水気をどんどん吸い取ってくれる。真っ白な色にもクリーンな感じがある。」
佐藤さんが今治タオルの品質にいかに感動したかが目に浮かびます。
今治タオルのブランディングのキーワードは「安心・安全・高品質」であったわけですが、今治では古くからクオリティの高いタオルが生産されていました。しかし、海外からの廉価な輸入品との激しい競争の中で、いつの間にか自分たちのタオルの良さを見失ってしまったという状況に陥ってしまったわけです。佐藤氏は次のように分析しています。
「安い輸入タオルのほうが売れるという市場の動向に翻弄され、安くはないけれども「安心・安全・高品質」なものをつくってきたという伝統が、「高い=売れない=価値がない」という認識として産地に根付いてしまっていたと言える。」
こうして見失われてしまった本質的価値を気付かせたのが、佐藤さんのブランディングの力だったわけです。
佐藤さんは今治タオルの良さを分かってもらうために、「白いタオル」をキープロダクトに設定しました。これまで多くの今治タオルメーカーは、複雑で繊細な柄を表現できる技術が今治タオルの特徴だと考えていました。確かに今治では“先晒し先染め”の伝統があり、糸を先に染めた上でジャガード織りという技術を使って柄を織り込んでいくという点で優れた技術が活かされていたのです。
しかし、佐藤さんはそうした柄の表現よりも「使い心地」を重視しました。
「ブランディングに必要なのは、「これが今治タオルです」ということを一目でわかってもらうための象徴的な商品であり、それを僕は「白いタオル」に設定した。」
こうした発想は、長年今治タオルを作り続けてきて、先染めの糸で柄を表現する高い技術に誇りを抱いていた人たちからは絶対に出てこないでしょう。外部のデザイナーの目線がいかに重要であるか、この一点のみを見てもはっきりと理解することができます。
佐藤さんは次のような説明をされたとのこと。
「水の品質を伝えるときに、いきなりコーヒーを淹れて出しますか?炊きたてのごはんのおいしさを伝えるのに、カレーをかける必要がありますか?タオルも同じです。ベースとなる品質を伝えようとするのに、色や柄はいらない。今治タオルの素晴らしさを、余計な要素を加えずに伝えるには、「白」しかないんです。」
何と分かりやすい説明でしょうか!
また、今治タオルの品質を象徴する基準として「五秒ルール」というのがあります。つまり、タオル片を水に浮かべて五秒以内に沈むくらいに吸水性に優れているというわけです。このほかにも設けられた様々な厳格な基準をクリアしたものだけが、今治タオルのロゴマーク入りのタグを付けることが認められるのです。このタグを付けるためにメーカーは一枚につき五円を組合に支払うことになっています。品質からはずれた製品が市場に出回っていないか、組合は抜き打ちで購入して定期的に検査を行っているとのことです。こうした地道な取組によって、地域ブランドは守られているのです。
佐藤さんが組合に対して強く求めたことがありました。それは、一日も早く東京に店を出すことでした。組合はかつて銀座にアンテナショップを出したことがあるのですが、間もなく撤退する結果となり、東京への出店に対しては慎重な声が多かったようです。この佐藤さんの要請を受けて、組合が奔走した結果、新宿の伊勢丹本店が関心を示したとのこと。ただし、伊勢丹が出した条件は、佐藤可志和オリジナルデザインの今治タオルをつくって、伊勢丹だけで販売することでした。こうして伊勢丹本店のタオル売り場に今治タオルの売り場が作られることになったというわけです。
やがてマスコミも今治タオルのブランディングに注目するようになります。2008年のNHKクローズアップ現代で紹介されたことは全国規模で反響を呼んだとのこと。
マスコミが次々と取り上げる中で、今治タオルの知名度も上がっていきます。ブランディングがスタートする前の2004年の時点で今治がタオルの産地であると知っている人の割合は36.6%だったのが、2008年には50.2%、そして2012年には71.0%という具合に、とんとん拍子に知名度はアップしました。
海外展開に向けた取組も進められていきますが、特徴的なのは、ターゲットをまずヨーロッパに設定した点です。
「国際的な展示会は世界各国で開催されているが、クオリティに共感してもらうという意味で、ターゲットはヨーロッパだった。アジアは将来的に大きな商圏になり得るが、高くても品質の良いものが受け入れられる環境は、ヨーロッパほど成熟していると言いにくい。・・・まずは家具や日用品の一流メーカーが多く存在するヨーロッパで認められることを、僕は今治タオルのグローバル・ブランディングの目標に設定した。」
こうして、今治タオルはフィンランドやイタリアの展示会に出展され、好評を得ることになります。
今治のタオルメーカーたちは、最初から一丸となって取組が進められたわけではありませんでした。現在の組合の理事長も、最初は懐疑的であったことを次のように吐露しています。
「今治のタオルメーカーは、問屋さんが持っていたライセンスブランドに依存したことで、苦しむことになってしまったわけです。だから、これからはブランドに頼らず、品質第一で勝負できなければならないという思いが僕にはあった。地域ブランドをつくると聞いたときは、まだブランドに頼るのかと、最初は抵抗感を覚えていた。」
佐藤さんも、組合員の中にブランディングに対する反対者がいることにショックを受けたと述べており、その上で、四国タオル工業組合のインターナル・マーケティング(組織内の意識改革)の仕掛けもプランニングすることを承諾したとのこと。
こうした懐疑的だった人たちも、ブランド化に手応えが出てくると、次第に組合の取組に協力するようになってきたわけです。
こうしてブランド化が進んでくると、タオルメーカーへの就職を希望する新卒者も増え、組合が出すタグの数も2012年度の3600万枚から、2013年度には5442万枚に増加するなど、地域の産業全体にとって明るい兆しが出て来ます。
他方で、佐藤さんは、ブランドを守ることの難しさを殊更に強調されています。組合からいろいろ出されるアイデアの中に「遊び心」が出て来たことに対して、佐藤さんは危機感を感じているようです。例えば、広告看板に毛を刈り取られたヒツジが今治タオルのバスローブを着て気持ち良さそうにしているイラストのデザインが提示された際、佐藤さんは即座に却下したとのこと。
「まだ治療中の患者が、「体調がいいのでタバコを一本吸いたい」と言い出したようなもの。せっかく築き上げてきたブランドイメージを、コミカルなイラストでこわしてしまいかねない深刻な状況なのだ。」
ブランドがいかに崩れやすいか。
「一日では築けないのに、一日で失うのがブランド力」
という佐藤さんの言葉に凝縮されています。
以上、本書の内容を敷衍しながら、今治タオルブランドがどのようにここまで成長を遂げてきたかを見てきました。
ここで注目すべきは、今治タオルの品質はブランディングの前と後で決して大きく変わってはいないということです。つまり、今治ではこれまでも品質の優れたタオルを作ってきたわけで、作っている人たちがそのことに気付いていなかったことで、消費者にそうした品質をアピールできてこなかったのです。そして、多くのタオルメーカーはOEMでバーバリーやセリーヌといった有名ブランドのタオルを製造し、付加価値の大半をそうしたブランド企業に持って行かれてしまっていたわけです。高い技術力を用いてせっかく素晴らしい製品を作っても、そこから得られる利益の大半が有名ブランド企業に持って行かれてしまっていたわけです。
これは何もタオルだけの話ではなく、日本の産業全体について言えることですが、世界に冠たる技術力をもって生産しても、ビジネス面で見ると、利益の大半はブランド力を持つ欧米の企業に持って行かれてしまっているわけです。日本の技術が凝縮されているアイフォンもその典型で、利益の多くはアイフォンのブランド力を駆使したアップルに持って行かれてしまっているわけです。
今治のタオルメーカーの社長が本書の中で面白いエピソードを紹介されています。自社でタオル地のマフラーをつくって5千円の値段を付けたところ、小売店の主人から、値段を理由として取り扱えないと言われたとのこと。5千円では高すぎるということかと思ったら、その逆で、小売店の主人は1万5千円なら店に置くと言ってきたそうです。
「高くても品質のいいものを求めるお客さんもいるという実需が、問屋さんとの商売の中では見えていなかった。さらに、小売店さんからは、これを五〇〇〇円で売っても、誰も幸せにならない。適正な価格で売って、自社だけでなく加工場さんも一緒になって、みんなで儲かるような商売をしなければ、産地は続かないよと言われたんです。」
私は、このタオルメーカーの社長さんの言葉の中に、地域のブランド構築の意義が端的に表れていると思います。
地方創生のヒントで満ちあふれた本で、地方創生を考える上で必読の書です。