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金沢ジャズストリート2014

http://kanazawa-jazzstreet.jp/index.html
 今年も金沢ジャズストリートの季節がやってきました。9月13日から15日の3日間の日程で開催されました。昨年はあいにくの天気で、せっかくの屋外ライブが屋内会場に変更になったりしてしまいましたが、今年は3日間とも好天に恵まれました。ジャズフェスは天候が晴れないとやはり盛り上がりません。

 さて、 今回で6回目となるこのジャズフェスですが、毎回新たな嗜好が採り入れられ、進化を遂げてきています。全国では数多くのジャズフェスが開催されてきていますが、残念なことにほとんどのジャズフェスは年々縮小傾向となり、やがては地元ミュージシャン中心の内輪盛り上がりのフェスになっていくのが常です。金沢ジャズストリートが年々進化を遂げ、しかも世界から有名ミュージシャンを招聘できているのは、近年では奇跡的であるといえます。
 今年は最近改装されたいしかわ四高記念公園もメイン会場の一つとして加わりました。ここではマルシェとジャズ演奏をタイアップさせるという新たな試みも行われていました。

ヤロン・ヘルマン・トリオ アヴィシャイ・コーエン

http://kanazawa-jazzstreet.jp/special_concert.html
 最初のホール・ライブは、イスラエルの若手ピアニストのヤロン・ヘルマンと、同じくイスラエルのトランペッターのアヴィシャイ・コーエン率いるトリオによる演奏です。どちらも幻想的でスタイリッシュな曲目が多く、独特の空気を醸し出したステージでしたが、あえて言えば最初から最後まで同じような調子が続いた感もあり、もう少しメリハリがあると良かったのではないかという気がしました。
 しかし、両者とも演奏のテクニックは大変素晴らしく、アヴィシャイ・コーエンのトランペットは正確できれいな音を出していました。アヴィシャイ・コーエンは先日ニューアルバム『Dark Nights』を出したばかりですが、今回のライブでもFrank Fosterの♪Shiny Stockingsなど、このアルバムの中からの選曲が多かったようです。

ダーク・ナイツ [日本語帯・解説付] [輸入CD]

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 イスラエルのジャズというのは何かピンとこない気がしますが、考えてみれば、そもそもジャズの基礎を築く上で大きな役割を果たしたのがユダヤ人です。ベニー・グッドマンもしかり、後にジャズのスタンダード曲となる数々の名曲を作ったガーシュインアーヴィング・バーリンなどもユダヤ人です。ですから、イスラエルのミュージシャンたちがジャズの世界で活躍することは、ある意味自然なことなのかもしれません。

 こういうクールな演奏スタイルをどう受け止めるかによって、これらのステージの評価が変わってくることになりますが、スタンダードの演奏を期待して足を運んだ人たちにとっては、やや物足りなかったかもしれません。

The Quartet Legend

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 今回のジャズフェスの最大の目玉は間違いなくこのバンドでしょう。バンド名が表すとおり、ケニー・バロン、ロン・カーターベニー・ゴルソンレニー・ホワイトというジャズ全盛期を支えた大御所中の大御所が集まっています。現時点で考え得るもっともレジェンダリーな組み合わせと言えます。中でも最年長は1929年生まれのベニー・ゴルソンで、なんと85歳!。ロン・カーターは1937年生まれの77歳。ケニー・バロンは71歳、レニー・ホワイトは65歳といった感じになります。

 バンドはベニー・ゴルソンが仕切っていました。さすがに85歳という高齢もあり、サックス演奏の切れは衰えているものの、その話術は大したもので、ユーモアたっぷりで嫌みのないスマートで知的なMCを聞かせてくれました。例えば、ジャズはクラシックと違って同じ曲を同じミュージシャンが演奏しても毎回違うノートになるのだといったことをしたり顔で話すなど、その知的な内容はあたかも大学の洒落た講義を聴いているかのうような錯覚を受けました。

 ♪Someday My Prince Will Comeなどの演奏に続き、ロン・カーターレニー・ホワイトらの作った曲を演目に採り入れながら、最後は♪I Remember Clifford、♪Whisper Not、そしてアンコールは♪Blues Marchというお馴染みのベニー・ゴルソンの曲を組み込んでくる当たりは、さすが客の期待をよく理解されておられる印象です。 メンバーのそれぞれの曲を演奏するなどメンバーの顔をしっかり立てながら切り盛りするところは、さすがの貫禄です。ベニー・ゴルソン自身がしみじみと吹く♪I Remember Cliffordを聴いたときは、背筋がゾクッとするほどの感動を覚えました。もう、この先、生で聴ける機会は二度とないかもしれません。感動の一言に尽きます。

 印象的だったのはロン・カーターのソロで演奏された♪You Are My Sunshineです。 左手の指をベースの弦の上を自在に動かしながら、巧みにアレンジされた演奏に、超満員の聴衆はシーンと静まりかえります。ベースのソロでこれだけの存在感を出せるベーシストはおそらくいないでしょう。正真正銘、世界一のジャズ・ベーシストであることを改めて実感しました。

 この奇跡的なクアルテットが組まれることは、これで最後となる可能性が高いでしょう。この奇跡的なクアルテットの演奏を金沢で聴けたことは、とても貴重なことです。この日の会場も往年のジャズファンたちで超満員でした。

ウラジミール・シャフラノフ

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 次はロシアのウラジミール・シャフラノフです。スタンダードを美しいピアノで演奏するスタイルはとても素敵です。シャフラノフは、昨年の金沢ジャズストリートにも参加されていましたが、尾山神社と赤羽ホールいずれの演奏も大変美しく、感銘を受けました。今回のライブでは、♪Djangoに始まり、♪Time For Love、♪Someday My Prince Will Come、♪Moon and Sandなど、スタンダードが演奏されました。 エンニオ・モリコーネニュー・シネマ・パラダイスの♪愛のテーマもとても素晴らしい演奏でした。
 スタンダードを美しくアレンジして演奏するスタイルは、聴く側にとって大きくはずれることはありませんので、安心して耳を傾けることができます。ちなみに、アルバム『Whisper Not』はスタンダード曲が揃った素晴らしい作品です。

ウィスパー・ノット

ウィスパー・ノット

カイル・イーストウッドクインテット

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 ご存じクリント・イーストウッドの息子です。ベーシストではありますが、父親の映画音楽を手がけたりするなど、作曲家としても活躍しており、日本にもしばしば訪れています。
 全身の風貌は父親そっくりですが、表情が険しい父親と違って、とても柔和な表情をしており、ナイスガイな好青年といった感じです。
 父親の圧倒的なネームヴァリューの前で、どのようなステージを見せてくれるか、正直期待もほどほどに鑑賞しましたが、自らのアルバムからの選曲に始まり、スタンダードを織り交ぜながら、とても観客を楽しませる内容でした。
 ♪Marakeshや、ハービー・ハンコックの♪Dolphin Danceも演奏され、アンコールではホレス・シルヴァーの♪Blowin' the Blues Awayが演奏され、大盛り上がりのうちにステージの幕は閉じました。 ステージを見て感じたのは、カイル・イーストウッドのベースの腕前がかなり確かなものであるということです。♪Blowin' the Blues Awayのアップテンポなリズムをカイルのベースが正確に刻んでいます。バンドのトランペットやサックスの奏者もそれぞれしっかりした音を出しており、全体としてめりはりのある演奏につながっていたように思います。カイルとピアニストのデュオで演奏した♪硫黄島からの手紙メインテーマは、しっとりとした素晴らしい演奏でした。 全体のステージ構成を見ると、エンターテイナーとしての資質をかなり父親から受け継いでいるなぁと感じます。選曲のバランスもとてもよく、飽きさせない構成となっていました。
 いずれ近いうちには、父親の名前を出さなくても十分通用するミュージシャンになるのではないかと予感させます。

寺久保エレナInternational Quartet

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 今回のジャズストリートの最大の楽しみの一つは、寺久保エレナのライブ鑑賞でした。凄いステージであることは噂で耳にしていたのですが、これまでライブを鑑賞する機会がなく、今回が初めての鑑賞でした。
 一言で言うと完璧で洗練されたステージということに尽きます。正直、完成度の高さに驚かされました。
 アルトサックスの演奏技術の正確さ、センス、力強さ、そしてステージの上での落ち着き、いずれも20代前半とは思えない貫禄を備えています。選曲も、♪The Song is Youに始まり、自ら作曲した曲も交えながら、♪On A Slow Boat To China、♪Stardustなどのスタンダード曲をとても巧妙にアレンジした演奏を展開していました。

若手ミュージシャンのオリジナル曲というと、大抵完成度が低く独りよがりの場合が多いのですが、彼女のオリジナル曲は非常に完成度も高く、楽しめる曲となっていました。
 今まで聞いた日本人のサックスプレイヤーの中では男女を問わずしても明らかに突き抜けた存在です。世界最高のサックスプレイヤーの一人であることは間違いないでしょう。

いしかわ四高記念公園でのビッグバンド

 次に、屋外のライブに目を向けてみたいと思います。
 今回のジャズストリートで新しくなった点といえば、大学生らのビッグバンドの演奏が、昨年までの尾山神社から、最近リニューアルされたばかりの「いしかわ四高記念公園」のステージに移ったところでしょう。ここは従来、中央公園と呼ばれていた街の中心部に位置する公園ですが、リニューアルされた結果、ジャズライブを開催するのにとても都合よいレイアウトになりました。ここで今年はマルシェも開催され、多くの飲食店が出店しており、公園でビール片手に食事をほおばりながらリラックスしてライブを聴けるという理想的な環境が整っていました。

 今年も大変クオリティの高い大学生ビッグバンドが集結しました。開会式では金沢大学モダン・ジャズ・ソサエティが演奏していましたが、♪April In Parisの素晴らしい演奏を聴かせてくれていました。やはり地元でこれだけのジャズフェスが開催されるようになると、地元大学の腕前も上がるようです。そして、大学生ビッグバンドの筆頭格はやはり国立音楽大学ニュー・タイド・ジャズ・オーケストラです。音大ですから当然のことながらプロ並みの演奏技術を持った学生たちが集まっているわけですが、バンド全体の音のメリハリはさすがで、バンド全体が一気に大音量を発する時の力強い迫力は、他のバンドをひときわ圧倒していました。大学生ビッグバンドの中でも頭一つ飛び抜けた感があります。今回は残念ながら途中からしか聴けなかったのですが、♪Nica's Dreamをセンス良く演奏しており、大変良かったです。

 他に良かったのは明治大学ビッグ・サウンズ・ソサエティ・オーケストラです。こちらはカウント・ベイシーからの選曲が多く、オーソドックスなスイングをきちんと演奏していました。ドラムをはじめリズムセクションがしっかりしており、バンド全体としての音がピタッと合っており、引き締まった演奏でした。

 早稲田大学ハイ・ソサエティ・オーケストラは今年の山野ビッグバンドジャズコンテストで優勝したバンドです。♪Take the A Trainなどの演目を解説を交えながら演奏していました。個々人の演奏技術の高さもさることながら、バンド全体の一体感が非常に印象的でした。アレンジも非常に知的な感じを受けます。

 これらのバンドが演奏している時は、公園に大勢の聴衆が詰めかけていました。おそらく数千人にのぼる人たちが立ち止まって聴いていました。おそらく、聴きに来ていた人たちも、これらの大学のバンド演奏が素晴らしいということを知った上で来られていたのではないかという気がします。国立音楽大学の場合は毎年必ず金沢に来て、クオリティの高い演奏を提供されていますので、相当な固定ファンが出来上がっているように見受けられます。

 公園のジャズライブを聞きにこれだけ多くの人たちが足を止めて熱心に耳を傾ける街は、金沢以外では考えられないのではないかと思います。そして皆さん、演奏するバンドに対してとても温かい拍手や声援を送っています。近くのおじさんは、前日にテレビでビッグバンドが公園で演奏しているニュースを見て駆けつけたとのことで、そのレベルの高さに興奮覚めやらぬ様子でした。

 おそらく、大学生たちにとってもこれだけの聴衆の前で、しかも耳の肥えた熱心で温かいジャズファンの前で演奏する機会などそうはないと思います。学生たちにとってこの金沢ジャズストリートでの演奏は、憧れの晴れ舞台になっているように思います。どのバンドのMC(拙いところがまた初々しくて良かったのですが)も金沢ジャズストリートに招待されたことを心より嬉しく思っている気持ちが溢れていました。
 この金沢ジャズストリートが学生たちの夢を叶える場になってほしいと思います。学生たちの間で金沢から招待されることがステイタスとして確立されていけば、このフェスティバルのブランド価値はますます高まっていき、ジャズストリートは金沢のソフトパワーの1つに成長していくのではないかと思います。

 なお、尾山神社でもプロのバンドのライブが開催され、こちらも多くの聴衆で賑わっていました。

 それ以外の場所でも、あちこちの街角で多くの人たちが足を止めて演奏に聴き入っている光景が見られました。

新天地の夜

 金沢ジャズストリートでは真夜中まで演奏が続けられています。夜は新天地に設けられた特設ステージが盛り上がっていました。

 昔ながらの飲み屋が建ち並ぶ繁華街の一角の小さなパブリック・スペースにステージが設けられていましたが、この小さなスペースに多くの人たちが集まり、熱心に演奏に耳を傾ける往年のジャズファンらしき人たちから、後ろの方でお酒を片手に談笑しながら盛り上がっている人たちまで、様々なスタイルでそれぞれ楽しんでいる様子です。足を運んだときは大口純一郎さんのトリオの演奏が行われていました。ベニー・ゴルソンにちなんで♪Killer Joeが力強く演奏され、真夜中近くの会場は大いに盛り上がっていました。
 いくら周りが飲み屋ばかりだとはいえ、これだけの大音量で真夜中にライブを開催することが許容されるというのは、金沢ジャスストリートに対する市民の理解が深まってきている証といえるのかもしれません。

ジャズバーYORK

 演奏が終わった後は、ジャズバーYORKに足を運ぶのがお勧めです。

 香林坊の裏道のような場所にひっそりと佇むこのバーは、多くのジャズファンが集まっているようです。この日はベニー・ゴルソンらの演奏が終わった後でしたので、演奏に酔いしれた往年のジャズファンと思われる方々が大勢詰めかけ、大いに盛り上がっていました。昔ながらの理想的なジャズバーで、大量に並んでいるレコードから、なかなか聴けないような貴重なアルバムをセレクトして聴かせてくれます。
 この店もある部分で金沢のジャズシーンを支えていると言えます。



 今年も金沢ジャズストリートの3日間を楽しませてもらいました。ジャズ界全体がかつての全盛期のような盛り上がりに欠ける中、地方のジャズフェスでこれだけのミュージシャンたちを集め、しかも多くの市民を巻き込んで頑張っているのは金沢くらいでしょう。

 逆に言えば、やりようによっては、金沢はジャズというコンテンツを使って、街の魅力やブランド価値を高めることだってできますし、ジャズをもって世界から人を集めることだって可能かもしれないわけです。

 これだけのビッグネームが来るということは、ジャズミュージシャンたちの間でも“KANAZAWA”が浸透してきたということかもしれません。

 来年は金沢ジャズストリートがどんな新しい展開を遂げるのか、今から楽しみです。