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映画、書評、ジャズなど

藤井健司「金融リスク管理を変えた10大事件」

経済

金融リスク管理を変えた10大事件

金融リスク管理を変えた10大事件

 コンパクトながら近年の金融リスク管理の在り方が、過去の金融を巡る事件を通じて大きく変遷してきたことが簡潔に分かりやすく理解できる良書です。すなわち、伝統的なリスク管理信用リスク管理流動性管理を中心に構築されてきたのが、数々の事件を経ることによって、市場リスク、カウンターパーティ・リスク、オペレーショナル・リスクが管理の対象に加えられ、発展してきたという歴史が巧みに描かれています。

 まず、1987年に起こったブラックマンデーでは、無リスクの利益である裁定利益を自動的に捉えるプログラム・トレーディングと、機関投資家向けのポートフォリオ・インシュアランスによる投資戦略の前提、すなわち個別の株価や株価指数が整然と価格変化し、その間に行われる取引発注が問題なく執行されるといった市場の正常性が崩れたことが、市場の下落に拍車をかけたのだとしています。
 この事件によって、サーキットブレーカー制度が導入されるとともに、市場リスク管理の重要性に対する認識が高まることになります。

 また、デリバティブ取引については、相対取引であるため市場規模の拡大の把握が困難であること、直接財務諸表に記載されないオフバランスシート取引であること、などの特徴がありますが、金融監督当局はこうした取引の急拡大が金融システムに与える影響を懸念して、1993年に「G30レポート」が取りまとめられます。この中で特に注目されたのはバリュー・アット・リスク(VaR)について触れられている点でした。その後、1994年にはバーゼル委員会ガイドラインを公表し、1996年にはバーゼル委員会が市場リスク規制において内部モデル方式を導入しています。それまでBIS規制においては市場リスクを捉えていないという批判がなされていたため、バーゼル委員会は新たにトレーディング勘定の市場リスクに対しても所要の資本を求めることを決定したわけです。

 1995年のベアリングズ銀行の不正取引事件は、オペレーショナルリスク管理への取組の必要性を認識させました。この事件では、ベアリングズ銀行のシンガポール子会社のトレーダーが先物取引の損失を架空口座に移して利益を上げているようにみせかけていたところ、阪神大震災で壊滅的な打撃を受けたというものです。このほかにも大和銀行住友商事の不正取引なども受け、金融機関は独立したリスク管理部門の設置を必要不可欠なものとして受け入れるようになったとのことです。

 それからヘッジファンドLTCMの事件は、巨大なデリバティブ・ポジション処理が金融システミック・リスクを引き起こす可能性が懸念された事案です。LTCMの戦略は、新興国国債米国債の間のスプレッドの縮小や長期金利短期金利の差が縮小するイールドカーブのフラットに期待して投資を行うものでしたが、市場は期待通りに動かず、莫大な損失を出してしまうことになります。
 LTCMはレバレッジをきかせて莫大な資金を運用し、一時は40%という高いリターンを実現していましたが、やがて、高い運用リターンを目指して運用規模を変えないままでレバレッジを高める選択を行います。これはうまくいっているうちは利回りを高めることになりますが、いざ損失が発生した場合には破綻するリスクが高まることになります。債権者が担保として預かっていた有価証券を一斉に売却することになればシステミック・リスクが高まることになり、金融市場は一気に崩壊する可能性を孕んでしまいます。このため、こうしたリスクを回避するため、金融機関はシンジケート団を組成してLTCMを買収し、巨大なデリバティブ・ポジションの解消に取り組んだわけです。
 この事案は、デリバティブのカウンターパーティ・リスク管理の改善の必要性を認識させることになります。つまり、カウンターパーティに対するエクスポージャー自体が金利や市場のボラタリティといった市場のパラメーターの動きによって変化するという特徴があるわけです。そして、破綻に伴いシステミック・リスクについての議論も引き起こすことになります。

 やがてバーゼル委員会はBIS規制を大きく見直します。これがバーゼル?です。ここでは3つの柱という考え方が導入されます。第1の柱は、銀行の保有するリスクアセットに対して最低所要自己資本を求める従来の枠組みです。そして第2の柱は、銀行自身が自らのリスクプロファイルを評価し、それに対する自己資本の十分性や充実度を確認するプロセスを持ち、その評価に基づいて資本戦略を策定するという枠組みが十分機能しているかを確認検証するプロセスです。第3の柱は、こうした銀行のリスクプロファイルを開示させ、市場関係者の目にさらすことで、市場関係者からの監視機能を高めるというものです。また、バーゼル?では、新たにオペレーショナルリスクに対する自己資本の保有を求めます。

 NY同時多発テロを契機として、業務継続計画(BCP)の抜本的見直しを余儀なくされます。

 そしてサブプライムローン問題。相対的に信用度が低い借り手を対象とした住宅ローンは、住宅価格が反転下落すると急送に不良債権化することが避けられない商品でした。こうした債権を証券化するというメカニズム自体は新しいものではありませんでしたが、これを何度も繰り返して、もともとの原資産やそこに含まれていたリスクが分からないまでになってしまったところにありました。
 こうした証券化した商品が急速に拡大した背景には、「オリジネート・トゥ・ディストリビュート」と呼ばれるビジネスモデルがあったようです。つまり、保有資産を流動化させるという目的を超えて、販売するために組成するというビジネスモデルです。
 やがて住宅価格が下がり始めると、サブプライムローンのデフォルト率が上昇し始め、サブプライムローンを原資産とした証券化商品の価格は暴落し始めます。そして、コマーシャルペーパーによる資金調達にも影響が出始めます。サブプライムローン証券化した商品を買い取る受け皿組織に流動性バックラインを供与していた金融機関も損失を負担することになります。金融機関の自己資本比率は大きく低下することになり、金融機関のリスク管理に対する疑念を生じさせることになります。
 サブプライムローン問題は、その後リーマン・ブラザーズ証券の破綻をもたらすことになります。そして、住宅ローンを担保とした証券か商品のデフォルトに対してCDSの形で保証していたAIGの破綻も懸念されます。さらに広範囲の貸し渋りも起こり、金融機能は不全の状態となってしまったわけです。
 こうした状況を受け、バーゼル?が公表されます。その内容は、自己資本比率規制の強化です。新たに資本バファーという概念が導入され、カウンターシクリカルバファーが追加されます。そして、自己資本の質の面でもティア1資本の最低水準が引き上げられます。さらに、レバレッジ比率規制、流動性規制も導入されることになります。

 このように、金融のリスク管理規制は、過去の数々の事案を受けて、徐々に変貌を遂げてきたわけです。過去の金融事案のポイントとそれを踏まえた対応を大変コンパクトにまとめた本書は、金融の歴史を学ぶ上で大変分かりやすく、役立つ本でした。

 例えば、リーマンショックが日本経済に大きな影響を与えたことはもちろん誰しもが知っている反面、それがどのようなメカニズムで起こったものであり、その結果がこれからの金融規制にどのような影響を与えているかについては、必ずしも多くに人びとには知られていないように思われます。金融の機能不全という現象はこれからも十分起こりえるものであり、そのリスクをいかに減らしていくかという視点はこの先ますます重要になっていくものと思われます。そうした観点からも、本書は簡潔に理解したい人にとっては貴重なものであると思います。