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映画、書評、ジャズなど

「私のように美しい娘」★★★★☆

私のように美しい娘〔フランソワ・トリュフォー監督傑作選12〕 [DVD]

私のように美しい娘〔フランソワ・トリュフォー監督傑作選12〕 [DVD]

 フランソワ・トリュフォー監督の作品です。犯罪を犯した女性を研究対象にしていた社会学者が、結果的にその対象であった女性によって犯罪者の立場に置かされてしまうというアイロニカルなストーリーです。

 冒頭、ある客が「犯罪女性」というタイトルの本を書店で探しているシーンから始まる。その本は出版予告が出されていたが、いまだに出版に至っていなかった。それはなぜか。。。という場面から本作品は始まっていきます。

 スタニスラフ・プレヴィンは社会学者として犯罪を犯して刑務所に入れられている女性からインタビューを行うことに。その対象となったのがカミーユ・ブリスだった。プレヴィンはカミーユからこれまでの遍歴についてインタビューを行っていくうちに、彼女の持つ何かに惹きつけられていく。

 カミーユは農家に生まれたが、暴力を振るう父親が納屋にはしごで登ったすきにはしごを移動させ、父親を納屋から転落させた過去があった。その後少年院を抜け出し、道路で止めた車に乗っていたのが男の家のガレージでしばらく暮らす。その間、カミーユは毎晩男と関係を持つことになり、それを男の母親に言いつけ、2人は結婚する。

 カミーユは夫をそそのかして母親の金を持って逃亡を図る。そしてカミーユはキャバレーでの給仕の仕事をすることになるが、そこで歌手の男と恋人関係となる。その現場を夫が乱入してきて混乱が起こり、夫は車に轢かれ大けがを負う。夫が入院している間、カミーユは歌手との浮気を続け、たまたま逃げ込んだ車の持ち主の害虫駆除業者の男をいいように使い、事件の解決のために近づいてきた弁護士とも関係を持つなど、奔放な男関係を繰り広げる。

 カミーユは害虫駆除の男に弁護士の男の殺害を依頼するが断られたため、害虫駆除の男の家に忍び込んで弁護士の男を呼び寄せる。そこに夫も現れ、気を失っている2人の男を殺害するために殺虫剤を撒いた。その後、害虫駆除の男が家に帰ってきて倒れている2人の男を発見し、2人の命は救われた。害虫駆除の男はカミーユと心中を図るために塔の上に登るが、男が先に飛び降りた後にカミーユは続かず、カミーユは殺人の罪で刑務所に送られた。

 プレヴィンはカミーユの話を聞くうちに、カミーユが無罪ではないかと確信し、当時の現場の映像を撮影していた人物を徹底的に探す。ようやく見つかった子供が持っていた映像には、害虫駆除の男が自ら飛び降りているシーンが映し出されており、カミーユは無罪となった。

 その後カミーユは歌手として大成功を収める。プレヴィンもカミーユのステージに花束を持ってたびたび駆けつけていた。プレヴィンはカミーユを夕食に誘ったが、カミーユから家に送ってくれるように頼まれ、カミーユの家に行く。そこでカミーユにベッドに誘われたのだったが、行為に及ぶ前にカミーユの夫が帰宅し、夫は激怒。夫に殴られてプレヴィンは気を失っている中、カミーユは夫を射殺し、ピストルをプレヴィンの手にこっそりと持たせた。こうしてプレヴィンは刑務所に送られることになった。

 刑務所にはカミーユも面会に来た。本当のことを話すようプレヴィンはカミーユに言うが、カミーユはその気はなかった。プレヴィンが刑務所の庭を掃除していると、弁護士の男と結ばれて、社会活動を行っているカミーユの姿がテレビに映し出されていたのだった。。。


 一見、奔放な女が多くの男を手玉にかけていく低俗なストーリーにも見えてしまうのですが、その内容は実に奥深いように思います。インタビューをする側とされる側の立場がラストに見事に入れ替わってしまうわけですが、これは高い目線からインタビューを行う社会学者に対する皮肉が込められているようにも感じます。
 また、カミーユの奔放な行動には共感できない部分がある一方で、もっと共感できないのはカミーユの体を狙う男たちの行為でしょう。行為に及ぶ際には必ずカーレースのレコードを大音量でかけながらやる大物の歌手の行動などは軽蔑すべき行動の象徴でしょう。身勝手な男たちがこうした女を作り上げてしまっているというのも皮肉です。

 ただ、やはりこの作品の魅力はカミーユの「強さ」にあると思います。様々な逆境を乗り越えて最後に成功を手にしてしまう女の強さにやはり魅力を感じてしまう部分は否めません。刑務所から出た後、涼しい顔で「女はこうして生まれ変わる 私のように美しい娘に♪」と歌っているカミーユを見ると、女性一般の強さを象徴しているように思えてしまいます。

 個人的には大変ツボにはまった作品でありました。