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NHK取材班「メイド・イン・ジャパン 逆襲のシナリオ」

NHKスペシャル メイド゛・イン・ジャパン逆襲のシナリオ

NHKスペシャル メイド゛・イン・ジャパン逆襲のシナリオ

 NHKで放映されたシリーズが書籍化されたものです。ほんの10年くらい前までは日本のデジタル家電は当分安泰だと言われていたのが嘘のように苦境に追い込まれている日本のエレクトロニクス産業ですが、なぜこのような状況に追い込まれたのか、そしてこれからどうすれば回復できるのか、なかなかきちんとした分析がない中で、本書では主要企業のキーパーソンにインタビューなどを行い、分析がなされています。

 本書ではまずソニーが取り上げられています。近年のソニーは、ウォークマン、ハンディカム、プレイステーションなどに匹敵するような爆発的ヒットが生まれていません。液晶テレビは低価格競争に巻き込まれ、作っても作っても利益が生まれない状況です。なぜソニーからヒット商品が生まれないのか、というのが本書の問題意識の中心になっていますが、平井社長は、各事業部が短期的な利益を追い求めた結果、中長期的な視野に立った開発が影を潜め、縦割り化が進み、横断的な技術の融合がおろそかになったと考えているとのこと。
 そして、本書では「イメージセンサー」に注目しています。ソニーはこの事業を拡大するため、医療機器メーカーであるオリンパスとの提携に踏み切っています。
 近年、ソニーとは対照的にヒット商品を生み出しているのは、アップルです。ソニーは1999年にラスベガスで「メモリースティック ウォークマン」を発表していますが、これはアップルのiPod発売の2年前のことです。しかし、実際に人びとの心を掴んだのはアップルのiPodだったわけです。なぜソニーは敗れてしまったのか?当時ソニーはMDに期待をかけていましたが、MDにこだわっていたソニーに対し、ジョブズはMDにこだわっていたら失敗すると予言していたそうです。そして、ソニー著作権保護を頑張りすぎたことがマイナスだったという指摘も納得です。
 本書の中でITジャーナリストの林信行氏は、日本の家電メーカーはハードウェアを重視し、製品の使いやすさをハードウェアの機能を追加することで実現しようとするのに対し、アップルはハードウェアの余計な部分を削ぎ落として、誰にでも受け容れやすい「受け幅の広い」モノにしているという指摘はその通りだと思います。
 そして、何と言ってもすごいのはアップルの利益率の高さです。アップルではアートの人たちとテクノロジーの人たちをランダムに交流させることでイノベーションが生まれるよう工夫されているというのは大変興味深い指摘です。

 次に本書で取り上げられているのはシャープの事例です。2004年に徹底したブラックボックス戦略をとった亀山工場が稼働しましたが、あっという間に価格競争に直面してしまい、苦境に追い込まれます。そして追い打ちをかけるように2009年に堺工場を建設しますが、円高によって稼働率は低迷し、その後の経営の大きな足かせとなったことは周知のとおりです。デジタル化はコモディティ化を加速させるという本書の指摘はその通りです。日本企業は既に半導体で同じ経験をしていたにもかかわらず、液晶テレビでも同じ轍を踏むことになります。液晶テレビでは半導体の失敗を教訓に徹底したブラックボックス戦略をとったにもかかわらず、やはり技術の陳腐化が起こってしまったというわけです。本書の中でJSRの小柴社長が述べていますが、ブラックボックス戦略自体が間違っているわけではなく、ブラックボックス戦略をどこでやるかが問題なのではないかと思います。

 さて、こうした苦境から脱するために、日本メーカーはどのような戦略を採っているのか。本書ではいくつかの事例が紹介されています。ソニーの事例で印象的だったのは、インドにおけるテレビ販売戦略です。ソニーがインドで販売しているテレビは他の地域に比べて青みが強く、赤色も強調されているのだそうです。地域の文化に合わせたスペックの商品を販売する典型的な戦略と言えるでしょう。徹底的な現地目線にこだわってなされた提案を受けて仕様が変更され、その結果、売上げが3割伸びているのだそうです。

 またダイキンがライバルの海外メーカーと組むことによって市場の拡大に成功した事例も紹介されています。ダイキンは中国の空調機器メーカー「格力」と提携したことをバネに成果を挙げているとのこと。その内容が、ダイキンが30年以上研究開発を続けてきた省エネ技術の「インバーター」を格力に供与するというものであることは驚きです。つまり、環境技術はインバーター以外にも様々なものがある中で、インバーター技術を市場で広めるためには、一社でブラックボックス化するのではなく、仲間を作って多くの企業がその技術を使って展開する方が得策だという判断をしたわけです。
 ただし、ダイキンも技術のすべてを中国企業に供与したわけではなく、かなめの技術を今も守られているのだそうです。インバーター機能はICチップの中に書き込まれたソフトウェアですが、そのチップの中には機種毎に異なる調整作業に基づく制御ノウハウが入っているわけです。

 こうしたライバル企業との提携で世界の市場を獲得するというのは、今後の日本企業の取るべき戦略の大きな方向性の一つと言えるでしょう。


 本書は日本のものづくり企業の今後の復活に向けた様々なヒントが盛り込まれています。私が思うに、日本のものづくりは、これまでのように技術力で勝負という単純な構図ではグローバルに闘っていくことができないように思います。アップルのようなこれまでの日本企業のような技術力を振りかざす戦略とは全く異なった発想でグローバル市場を飲み込んでしまう企業が現れ、しかもこうした企業が極めて高い利益率を獲得しているわけです。そして、他方では中国や台湾の製造委託という業態が出現し、圧倒的な投資で低価格競争に巻き込んでいくというやり方が出現してきています。こうしたいわば両極端のビジネスモデル出現の中で日本のものづくりメーカーはどのような立ち位置を取ればよいのか、これは極めて難しい課題でしょう。技術力によって優れた製品を作っても、利益の多くはアップルのような完成品メーカーに行ってしまうという現実にどのように向き合っていくか、これが日本企業の最大の課題かもしれません。

 本書はそんな境遇に置かれた日本企業にとってもしかするとヒントになるように思います。