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池井戸潤「下町ロケット」

下町ロケット

下町ロケット

 久々にベタに涙してしまった感動作です。

 大田区でものづくり中小企業を経営する佃は、かつて宇宙科学開発機構でロケットの研究員をしており、エンジンを作っていたが、ロケット打ち上げ失敗の責任をとり辞職し、父親の後を継いで中小企業の経営者となっていた。

 経営は順調だったが、ある日、大企業からの発注を停止され、資金繰りが厳しい状況に置かれた。さらに追い打ちをかけるように、ライバルの大企業ナカシマ工業から特許訴訟で訴えられた。訴訟で負ければ基幹商品が製造できなくなり、佃の会社にとっては致命傷となるものだった。銀行も苦境に立たされた佃に対して冷淡に追加融資を断ってきた。

 こうして大企業を相手にした佃の訴訟の戦いが始まったが、先方はやり手の弁護士を抱えた百戦錬磨の企業だ。一方、佃の側は技術の知識に乏しい弁護士で、訴訟は初回から受け身の闘いであった。そんなとき、佃の元妻から知財のやり手の弁護士神谷を紹介され、佃は早速その神谷に弁護を依頼することとする。佃は神谷から特許の取得の仕方の問題点を指摘される。特許に穴があったためにナカシマ工業から訴えられたというのだ。神谷は戦略を一週間考えた末、佃に対しナカシマ工業の主力商品を特許侵害で訴えることになる。これによって、ナカシマ工業は劣勢に立たされることになり、裁判官は佃に有利な和解案を提示し、ナカシマ工業は佃との訴訟から手を引くことを決断したのだった。

 一方、佃のもとには、大企業の帝国重工から問い合わせが入る。帝国重工はスターダスト計画と名づけられたロケット打ち上げ計画を進めており、そのために莫大な技術開発を進めていたのだったが、そのための重要なバルブの特許がタッチの差で佃から出願され、特許化されていたことを知った。慌てた帝国重工の部長財前は佃のもとを訪ね、特許の譲渡を打診する。譲渡に伴う対価は、資金繰りが厳しかった佃にとっては喉から手が出るほど欲しい資金であった。社内で検討した結果、佃は特許使用許諾契約をすることを提案する。しかし、キーデバイスについては自前主義をとる帝国重工にとっては受け容れがたい提案であった。かといって、佃の特許は帝国重工にとっては避けて通れない技術であった。財前は上司の水原に対して特許使用許諾契約を締結する方向で上げたが、佃は元妻からの思いがけない一言でその提案を考え直すことになる。元妻は佃に対し、帝国重工のロケット開発プロジェクトに参加することを提案したのだった。この一言で佃は、特許使用許諾ではなく、佃自身がエンジン部品を製造して帝国重工に供給することにこだわるようになる。

 この決断に対し、社内からは相当の反発があった。多額の資金を目の前にして、将来どうなるか分からない事業にこだわる佃の決断に対して、自分の夢を追うばかりで社員の生活を軽視しているのではないかという風に見られたのだった。

 帝国重工側も当然この提案は受け容れがたいものだった。財前はこの提案を断るために佃のもとを訪れた。そこで佃からの提案で財前は佃の工場を見学したのであるが、財前はその技術力の高さに驚かされた。このときを境に、財前は佃からの製品供給の提案を真剣に考えるようになる。財前は上司の水原に対して佃の部品供給を受ける方向で相談するが水原は回答を保留した。そして財前の部下の富山に、財前に代わって交渉するように指示を出す。佃に先を越されて特許を取得された件について責任がある富山は、起死回生のチャンスだということで、佃との交渉に当たることになる。

 富山は佃の会社に厳しいテストを開始する。想定されている答えは当然「不合格」であった。佃の会社に乗り込んだ帝国重工のメンバーは、佃の会社を侮る態度でテストを進めた。佃の会社の社員たちはプライドをずたずたにされる。ただでさえ佃の決断に反対が多かった中でこうした圧迫的な態度でテストを受けさせられたことで、社員の佃に対する反発をますます強める結果になることが危惧されたが、逆に帝国重工の高圧的な態度に反発した佃の会社の社員たちは、毅然とした態度でテストに臨んだ。当初は佃の会社を中小企業と侮っていた帝国重工のメンバーたちも、その技術力の高さや長年にわたる財務状況の健全さを認めざるを得なかった。こうして佃の会社を不合格にしようという富山の思惑は崩れてしまう。

 しかし、ここでもう一つの問題が起こる。佃が帝国重工に送った試作品の中に不良品が入っており、帝国重工の検査に引っかかってしまったのだ。しかも、その不良品が誰かの手によって本来の正規の品と同じロッドナンバーが打たれ、すり替わっていたのだった。その犯人は、社長に対して反発を抱いていた社員の一人だった。佃は急いで正規の品を帝国重工の研究所に届けたが、その受け取りを拒む富山と、認めようとする財前との間に対立が生じる。しかし、佃からの製品供給を断ったところで、佃から特許許諾を受ける見通しがない。結局、2人の上司である水原は、佃から製品供給を受ける方向で社長にあげることにする。

 さらに壁が立ちはだかる事件が起こる。佃の製造したバルブを使ったエンジン燃焼実験が失敗したのだった。バルブが正常に作動しなかったのだ。当然佃のバルブに疑いの目が向けられる。しかし調査を進めると、バルブ自体の問題ではなく、帝国重工が自前で製造したフィルターに問題があったことが分かる。

 こうして無事、帝国重工の社長の決裁も下り、燃焼実験も成功したのだった。

 そして、いざロケット打ち上げの日。佃の家族も種子島に駆けつけ、社員たちも会社の費用で現場に来ていた。打ち上げは無事成功した。。。


 以上が本書のあらすじですが、感動的なストーリーもさることながら、特許を巡る攻防がリアリティを持って描かれているところに感銘を受けました。特許を売却すれば直ちに手元に資金が入ってくる。売却ほどの資金は手にできないものの特許を手元に残しながら技術供与をしたいのであれば、特許使用を許諾するというやり方がある。しかし、佃の選んだ決断はこの2つのどちらでもなく、特許に基づいて自ら製品の製造を行うというものだったわけです。

 この決断は、今の日本企業にとっても無関係ではありません。かつての日本企業には、欧米企業から特許権侵害で頻繁に訴えられた時期があり、その教訓から、特許侵害なく安心して製造できるよう、特許を大量に取得してポートフォリオを築いてきました。つまり、佃が決断したように、特許権に基づいて自らものを作るというのがある意味で当たり前だったのです。しかし、最近での日本企業はテレビや携帯電話の分野など、製造からの撤退が相次いでいます。そうなると、自らの製造を守るという特許の位置付けも当然変わってきます。特許は他社へのライセンスや譲渡など別の形で収益につなげていくことが必要になってきます。

 つまり、今の日本企業、とりわけエレクトロニクス分野の日本企業も、1)特許を譲渡するか? 2)特許の使用を許諾するか? 3)特許に基づいて自ら製造して供給するか? という三択の選択肢を突きつけられていることになります。本作品とは少し背景が異なるものの、3つの選択肢は一致しているところが面白いところであるし、本作品のリアリティの高さを表しているように思います。

 本当に面白い作品でした。