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浜田宏一「アメリカは日本経済の復活を知っている」

アメリカは日本経済の復活を知っている

アメリカは日本経済の復活を知っている

 アベノミクス効果で円安が進み、株価が上昇している状況の中、正にこの本で主張されている状況が現実のものとなっていることを認めざるを得ません。

 本書で浜田氏が述べていることは、ある意味極めてシンプルです。それは、為替レートを円安に持っていくためには金融政策が有効であるという一言に尽きます。これはシカゴ大学のハリー・ジョンソン教授らが主張している「国際収支の貨幣的接近」であり、かつて日銀の白川前総裁が日本に持ち帰って論文を書かれたこともある学説なのだそうです。

 本書では、リーマンショック後の日本と英米の金融緩和の違いを殊更に強調されています。リーマンショック後、英米両国は国内の金融破綻に対抗するため、国債以外の資産も大幅に買い上げる非伝統的な通貨政策を行い、通貨供給を増加させたことから、英ポンドや米ドルの供給が増え、相対的に品薄になった円が市場で高く評価されることになったため、円高が生じたのだというわけです。

 そして、こうした円高によって、ソニーパナソニック、シャープといった輸出中心の企業が世界の販路を失い、衰退しつつあるのだ、というわけです。こうした産業においては、製品の価格を下げない限り海外との競争に勝てないことから、価格の引き下げ競争が起こり、国内のデフレ傾向も助長されるということになります。リーマンショック以降、サブプライム危機の震源地であるアメリカやイギリスでの鉱工業生産指数の落ち込みよりも、震源地ではない日本のほうが落ち込みが大きいというデータは確かに釈然としないものです。

 GDPギャップ(一国の生産力を精一杯使って生産できる完全雇用に対応したGDPの水準から、どれだけ現実の生産が下回っているかを示す数値)を見ても、日本の実際のGDPは潜在GDPに比べて大きく下回っており、おおざっぱに見て20兆円をドブに捨てているのだと浜田氏は述べています。

 本書では、こうした円高が地方の切り捨てにつながることが指摘されていることも興味深い点です。

「円高政策は、空洞化政策であると同時に、地方切り捨ての政策でもある。多くの企業が国内で生産できず、国外に生産拠点を移す。日本各地の工場は閉鎖される。しかし、多国籍企業となった企業のヘッド・クォーターは日本(多くの場合は東京)に残る。だから東京は、それほど打撃を受けないかもしれないが、地方はますます切り捨てられる。」

 そして、こうした状況を解決するには、円資産の供給を増やせばよいのに、なぜ日銀はそれをやらないのだ、というのが浜田氏の本書での一貫した主張です。

 確かにリーマンショック後の日本企業は円高に苦しんできました。本書で掲載されている数字を引用すれば、リーマンショック以降、円はドルに対して30%高くなっており、一方、韓国のウォンはドルに対して30%安い、したがって日本企業は韓国製品との競争において60%ものハンディを背負うことになっているわけです。

 こうした円供給の増加については、ハイパー・インフレの懸念がつきまとうわけですが、浜田氏はクルーグマンの次の言葉を引用して反論します。

「いまはデフレ、そして不況で、洪水のようなものなのに、火事(ハイパー・インフレ)を心配する人が、どこにいるだろうか」

 また、現在の日本はお金余りの状態だからマネーを出しても政策は有効に働かないという指摘に対しても、本書では反論がなされています。その主旨は少々分かりづらい面もありますが、要は、借り手が確実に返してくれるためには担保を取らなくてはならないが、そのためには証券の買いオペレーション等をやることで証券の価格が上がれば担保価値が上がることになるので、銀行も貸しやすくなるのではないか、という主張のように見受けられます。

 他方、日銀も全く何も手を打っていないわけではなく、現に2012年2月14日のバレンタインデーの日に、日銀は1%のインフレを目途とする政策に踏み切っています。その結果、株価は上昇し、円安も進みましたが、これは「期待」を通じての効果があったためだと浜田氏は述べています。しかし、浜田氏はその後の日銀総裁の言動に大変な不信感を抱くことになります。それは、日銀がこうした政策を打つ一方で、当の日銀総裁が講演等で金融政策の効果を否定するような言動を続けたからです。この政策の効果があまり効き過ぎると日銀のこれまでの政策が間違っていることを認めてしまうことになり、それが嫌だったのではないかというのが浜田氏の見立てです。そして、こうした日銀の本音が市場関係者に見透かされてしまい、思ったような効果が出なかったというわけです。


 以上見てきたように、浜田氏の主張はシンプルなものです。金融政策が為替に効くということが世界の常識であり、金融緩和が円高の解消につながることが明らかにもかかわらず、なぜ日銀は頑なにそれを拒むのか?というのが浜田氏の日銀に対する不信感の根底にあるわけです。

 素人目に考えても、為替レートが両国通貨の供給量によって影響を受けるであろうことは感覚として分かります。円安に誘導したければ当然日銀は通貨供給量を増やすべく政策を講じるべきでしょう。インフレ懸念に対しても、インフレが起こってから考えれば十分だと著者は考えているようですが、確かに日銀のこれまでのインフレ退治における成果を見れば、その主張もある程度うなずけてしまいます。
 そして、本書では日本の対外純資産が諸大国の中でずば抜けて大きいデータが示され、国民が外貨資産を持つとともに政府債務も持っているのに対し、アメリカは世界最大の借金国であることが示されています。そして、暴落を心配すべきは円ではなくドルだという指摘がなされています。通貨の価値は政府の資産状態よりも国民全体の資産状態、信用状態によって決まるのであるから、こういう状況の中で円が暴落するということは考えにくいというわけです。

 さて、こうやって見てくると、本書で述べられていることがそれほど奇想天外とも思えず、また、アベノミクスの現実の効果を見ていると、本書の説得力が日に日に増していることは認めざるを得ません。アベノミクスの現実の効果が現れる前に本書を手にしたならば、どこか腑に落ちない印象を受けたかもしれません。

 もちろん、ハイパーインフレーションは絶対に避けなければならない事象であることは間違いありませんが、今ハイパーインフレーションが起こりそうな気配はなく、そうした懸念は現時点ではあまり考慮する必要はないのかもしれません。

 通貨供給量の増加が実体経済に与える効果の薄さを指摘する論調に対しても、現実の経済状況を見れば、説得力が薄れてしまっていることは否めません。本書でも買いオペの対象によっては証券等の資産価値が上昇し、銀行が担保価値を認めやすくなることから貸しやすくなるのだという主張が見られますが、確かにそうなっているような感じを受けます。

 アベノミクスが円安に顕著な効果を見せ、かつ、諸外国もそうした状況に表立って反対していない状況を見れば、現在の政策をこのままぐいぐい推し進めてもらうことが日本経済にとっても最善なのでしょう。

 前例のない大胆な政策を政治決断で実行し、成果を出している安倍総理を評価すべきということに尽きます。