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インドネシア訪問記

 インドネシアジャカルタを訪問する機会がありました。

飛躍的な成長センター

 インドネシアといえば、今日本の企業が「チャイナ・プラス・ワン」という位置づけで最も進出を検討している国の一つでしょう。約2.4億人の人口を擁し、年に6%を超える経済成長を遂げている状況は、今の日本では考えられない成長ぶりです。一人当たりのGDPも3,000ドルを超え、民間消費の一層の拡大が期待されています。

 インドネシアには古くから数多くの日系企業が進出してきていますが、その動機は近年変化してきています。かつては安い労働力を目当てに進出する製造業が多かったのに対して、近年インドネシアに進出する企業の多くは、インドネシアの膨張する国内市場をターゲットにしています。とりわけ自動車の販売の伸びは凄まじく、2012年には年間販売台数が100万台を突破しています。インドネシアの自動車市場は、トヨタダイハツ、三菱といった日本企業が95%以上を占める極めて珍しいマーケットです。二輪車のマーケットも大きく、2012年には年間販売台数が700万台を超えている状況です。ただ、二輪車の場合、2011年の販売台数が800万台を超えていましたから、2012年の販売台数は落ち込みんでいます。これは政府のローン規制によって頭金が25%以上必要になったためのようです。二輪車の市場も日本メーカーが独占している状況で、ホンダとヤマハが多くのシェアを占めている状況です。

 今回、ジャカルタ中心部と郊外の工業団地の間の高速道路を走っていると、四輪車や二輪車小をいっぱい搭載したトレーラーを頻繁に見かけました。
 ジャカルタ郊外の工業団地には、今もこぞって日系企業を始めとする外資が進出しており、続々と新しい工場の建設が進んでいる状況です。

 自動車関連産業は古くから日系企業の進出が始まっていましたが、今も相変わらず旺盛な進出が続いているようで、近々ダイハツの新工場の建設も始まるとのことでした。

 インドネシアに進出している日本企業を見てみると、興味深い点も見られます。同じ日本企業の製品でも、日本で売られている仕様と異なっているのです。例えば、自動車で見てみれば、街で見かけるほとんどの車はSUVで、自家用車のセダンはあまり見かけません。トヨタは「キジャン」というブランドをインドネシアで確立してきましたが、これが現地で根付いた大きな要因として、現地のニーズにあったデザインであることが挙げられます。外観がインドネシア人が好むものに適合させてきた努力が、今のトヨタの高い市場占有率につながっているのです。

 現地のニーズに合わせたカスタマイズというのは、ものづくり企業が海外のマーケットを狙う上で必須の視点です。例えば、洗濯機について見ると、インドネシアでは手で洗うのが一番良いというある種の迷信のようなものがあるそうで、そうだとすると、脱水だけに使える二層式の洗濯機が好まれるということになります。また、冷蔵庫についても、パナソニックは、現地の女性たちが化粧品を冷やすケースが多いことを踏まえ、扉裏側の上部に化粧品用のケースを設けた冷蔵庫を製造し、好調な売れ行きにつながっているそうです。インドネシアの事例ではありませんが、インド人は鮮やかな色合いを好むため、ソニーは原色を強調するような色合いを出すインド仕様のテレビを製造しているという話もあります。飲料品についても、アジアでは一般に甘いお茶が好まれることから、日本ではあまり見られないペットボトル入りの甘い日本製の緑茶がコンビニなどでは数多く陳列されています。

 このように、新たな海外マーケットの拡大に向けては、現地のニーズに対応したカスタマイズが不可欠ですが、これこそが日本企業の強みと言えるかもしれません。アメリカ仕様の大型の自動車を販売しようとし続けて日本市場への参入に失敗しているアメリカの自動車メーカーに対し、日本のメーカーは柔軟に仕様を変更して対応しています。これこそが日本企業の強みであると思いますし、日本からの輸出ではなくて現地で製造することのメリットだと思います。

交通インフラの未整備

 このようにインドネシアの経済は順風満帆のようにも思えるのですが、誰しもが口を揃えて指摘する問題があります。それは交通インフラの未整備の問題です。ジャカルタの慢性的な渋滞はあまりにも有名で、人びとももはや怒りを通り越して諦めの境地に達している観があります。

 移動手段はほぼ車しかありませんから、ビジネス上の打ち合わせの約束の時間を守ることは大変至難の業となります。道路事情によって移動時間が倍以上かかることもザラにありますので、確実に時間内に到着するためにはかなり余裕を持って出発することが必須となります。道路がたまたま空いていればかなり早めに到着してしまうこともあるわけです。これはビジネスマンにとっては相当なストレスになることは間違いありません。

 モノレールの計画もあるようですが、2013年4月12日付けのじゃかるた新聞では、以下のような記事が掲載されていました。

アホック副知事「MRT建設は予定通り」4月末に落札業者公表

 都市高速鉄道(MRT)建設事業計画に変更はないという旨の記事ですが、その中に以下のような記述があります。

副知事は、住民の反対は、東ジャカルタ・ジュアンダのように高架線の建設で住環境が損なわれるという懸念から来ていると話した。その上で、今回建設される線路は住環境を悪化させるものではないと強調し、「タイのバンコクでも状況は同じだ。高架線があるが問題になっていない。地価も上がり、より高い建ぺい率が許可されている」と話した。」

 インドネシアは2004年の大統領選挙以降、近年急速に民主主義が根付いた国家ですが、その民主主義がネックになってインフラ整備が進んでいない状況が窺えます。スハルト政権のような独裁政権下だったらもしかするともっとスピーディーにインフラ整備が進んでいたかもしれないとすれば、これは大いなる皮肉です。

労働賃金の高騰

 インドネシアの2つめの課題は労働賃金の上昇です。インドネシアの労働賃金はこれまで比較的廉価であったといえます。インドネシアとフィリピンは大体労働賃金が同一水準なのですが、一人当たりのGDPはインドネシアの方が1.5倍ありますので、インドネシアの労働賃金の割安感が窺えます。しかしながら、近年インドネシア最低賃金が年々引き上げられてきており、今年に入ってからは30%上昇したようです。労働争議も頻発しているようで、今回の訪問中にもデモの光景が見られました。

 労働賃金水準が上がれば生産コストからみれば労働コストの上昇につながりますので、歓迎すべきことではないのですが、消費という面でみれば、消費の増大につながっていくので、国内マーケットの拡大が期待されます。こうした状況は新興国にとってはつきもののジレンマであるわけですが、インドネシアは正にそうしたジレンマの真っ直中に立たされているのが現状です。一ついえるとすれば、ただ単に廉価な労働力を目当てにした進出であれば、インドネシアへの進出はもはやメリットが失せつつあるということでしょう。インドネシアの魅力は、膨張する国内市場へと大きくシフトしているのです。

部品供給の問題

 今回インドネシアに進出した多くの日系企業の声も聞く機会がありましたが、製造業で大きなネックとなるのが、部品の調達にあります。日本などから部品を持ち込んで組立だけを行うのであれば、現地企業から部品を調達する必要性は低いのですが、労働コストが上昇する中、なるべく現地で部品を調達したいというのが進出企業の思いとしてあります。しかしながら、いざ部品を現地調達に切り替えようとしても、簡単な部品ですら作れる現地企業が少ないというのが現状のようです。中にはボルト1本も日本から調達しているという企業もありましたが、輸送コストがかかることに加え、通関にもあり得ないくらい時間がかかり、お手上げと言った感じの企業の声も聞きました。

 インドネシアの工業化は外資頼みというのが現状です。現地企業の大型投資はむしろ資源などに向けられており、こうした背景からなかなか地場の産業が育っていないということがいえます。インドネシアの輸出は、一時期、資源から工業製品へと転換しつつあったようですが、近年は再び資源にシフトしているようです。とりわけ、中国との間の貿易構造を見ると、中国にもっぱら資源を輸出し、中国から工業製品を輸入している構造となっています。インドネシア政府が一般的にFTA交渉に消極的であるのは、中国からの工業製品輸入が増加していることに対する危機感もあるようですが、こうしてインドネシアの地場の製造業が思うように育っていないのが現状です。

 現地調達比率を増やせば日本国内の部品製造業の空洞化にもつながりかねず、なかなか微妙な問題ですが、進出した企業にとってみれば、進出メリットを最大限生かしてコストも抑えることが重要な課題ですから、この問題も複雑なジレンマを抱えています。いずれにしても、企業の経営判断という観点からは、現地で調達できるものは現地で調達するということにならざるを得ないわけで、日本でしか作れない部品は引き続き日本で作り続けるという分業体制の中で、日本のものづくりの生き残りの道を探っていくしかないように思います。

安らぎのない街

 ジャカルタの印象を一言で言えば

「安らぎのない街」

に尽きるのではないかと思います。
 都市には通常、市民が集まって憩う場所というのがありますが、ジャカルタにはそうした場所が見当たりません。ただ雑然としていて決してきれいではない空間が延々と続いているような印象です。
 また、歴史を感じさせる場所もほとんどありません。かつてオランダの植民地時代の雰囲気が残るというコタ地区にも足を運びましたが、「バタビア・カフェ」の店内は趣を感じたものの、空間としては、正直、歴史的な風情を感じるにはほど遠いものでした。


 コタ地区の広場では、現地の子どもたちが自転車を借りて乗っている光景が見られた程度のものです。

 長らくインドネシアを支配してきたオランダは一体何をやっていたのだ?という思いを抱かざるを得ません。ジャカルタ唯一の歴史空間だというのに、廃墟のような建物が崩れそうな状態でそのまま放置されていたりします。ここ以外にジャカルタで見るべきスポットはほとんど皆無という状況ですから、ジャカルタに観光に来た人がいたとすれば、心の底からがっかりすることでしょう。
 街中を流れる運河の汚れもひどいものです。

 人びとは渋滞の中をひたすら職場を目指して通い、仕事が終わると再び渋滞の中を自宅を目指して帰るという生活を送っているように見受けられます。車を運転していると、少しの隙間でもバイクが割り込んでくるなど、ドライブで気分転換などというにはほど遠い実情です。

 現地の方の話によれば、ジャカルタの若者たちはストレスが溜まっている状況のようで、最近では気分転換のためのスパ、ジム、バー、カフェが人気を集めているとのこと。いずれも、都市の空間ではなく、一つの建物の中での癒しに過ぎません。つまり、ジャカルタという都市は、都市空間として人びとに安らぎを与えることに完全に失敗しているのです。大型のショッピングモールはあるものの、歩きながらショッピングを楽しむようなストリート空間はありません。とりわけジャカルタに来たり滞在したりする日本人は、一日の大半を建物の中で過ごし、建物から建物への移動はほとんど車ですから、街並みを楽しむことはほとんどないのが実情です。大体が冷房のガンガン効いた場所で過ごすわけですから、ジャカルタは暑いにもかかわらず、むしろ寒いという印象の方が強かったりします。

 こういう人間が生活するには劣悪としか言いようがない都市で生活しているジャカルタの人びとは、本当に忍耐強いと思います。本当だったら、インフラ整備に本腰を入れない政府に対して暴動を起こしてもおかしくないような状況にもかかわらず、あきらめの境地でじっと堪え忍びながら毎日の生活を送っているのは賞賛に値します。

総括

 以上、インドネシア訪問の雑感をつらつら述べてきましたが、ビジネスをするにはふさわしい街だとしても、決して住みたいと思えるような街ではありません。人びとも窒息しそうな状況の中で必死に生き続けているといった印象を受けます。外を歩いて息抜きするという人間らしい生活も期待できそうもありません。

 ただ、ジャカルタの未来が暗いわけではないと思います。タイのバンコクもかつては空港までの渋滞で有名でしたが、モノレールや地下鉄の完成によって、街の環境は大きく改善されました。ジャカルタも民主主義がもう少し成熟した形で定着すれば、こうしたインフラの整備も進んでいき、人びとが生きやすい環境になるのではないかと思いますし、そうなることを期待したいと思います。