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宇野常寛「日本文化の論点」

日本文化の論点 (ちくま新書)

日本文化の論点 (ちくま新書)

 本書は30代の評論家による日本文化論ですが、主にネット社会が現代社会に及ぼす影響を軸に論じられています。

 本書にはいくつか興味深い指摘が見られます。

 一つは「中道態」について。これは國分功一郎氏の言葉のようですが、現代社会において失われていた中間的なもの(=中間態)が、インターネットによって可視化されるようになったというものです。著者はインターネットが持つ柔軟性によって、映画のような能動的でも、テレビのような受動的でもない、新たなメディアとの接し方が生み出されていると捉えています。そして、これによって双方向の情報のやりとりが生まれ、人間本来の姿に直接アプローチすることが可能になっているのだとしています。

 二つ目は、日本社会の持つ「二次創作」の文化について。日本のオタクたちは、単にクオリティの高いアニメを評価するだけでなく二次創作の素材として優れた作品を評価する文化を育てており、二次創作的な消費こそが日本のサブカルチャーの中核を占めているというのが著者の指摘です。政府はクールジャパン政策で日本文化を海外へ輸出しようとしていますが、著者は、単に作品を輸出するだけでは不十分であり、消費環境とコミュニケーション様式を輸出してはじめてその表現の輸出は成立すると述べています。

 三つ目は音楽ソフトについて。情報化の進展により、音楽情報に関しては値段がゼロ円に近付いており、情報自体ではなくそれを媒介にしたコミュニケーションこそが価値を帯びるようになっているという指摘です。例えばAKB48のシングルはヒットチャートの上位を占めていますが、これは楽曲を売っているのではなく、握手売っているというわけです。

 最後に<昼の世界>と<夜の世界>の対比。政治や経済といった<昼の世界>の方が、一見すると社会的に陽の目を浴びないサブカルチャーの世界である<夜の世界>に比べてパワーバランス的に重きが置かれているものの、<夜の世界>で培われた思想や技術、想像力にこそ国を変えていくパワーがあるのではないかというのが著者の考えです。


 こうした著者の指摘は必ずしも新鮮さに溢れているものではありませんが、賛同する面も多々あります。中でも、クールジャパンのあり方について、コンテンツを輸出するだけでなく、コンテンツを用いて二次創作するインフラや環境をひっくるめて輸出すべきという考え方は、概念論としてはなるほどと思います。

 できれば、そのためにこうした仕掛けが必要だとか、こういう政策が効果的だ、といったような提案があれば、大変実践的だったと思います。

 決して深みのある議論というわけではありませんが、その分、サァーッとスピーディーに読める本です。