ジュネーヴのドクター・フィッシャーあるいは爆弾パーティ (ハヤカワ文庫 NV 348)
- 作者: グレアム・グリーン,宇野利泰
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1984/03/15
- メディア: 文庫
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ドクター・フィッシャーはジュネーヴに住む大富豪で、チョコレートの食べ過ぎによる歯の疾患防止に特効のある歯磨を案出して資産を築いた人物だった。一方、アルフレッド・ジョーンズは製菓会社地味に翻訳の仕事をする事務員だったが、ひょんなきっかけではるか年下のドクター・フィッシャーの娘アンナ・ルイーズと結婚することになった。
アンナは父親のフィッシャーとの関係はぎくしゃくしていた。ドクター・フィッシャーには、その資産が故におべっかを使って群がる人びとがいたが、アンナは彼らの存在を毛嫌いしていた。ドクター・フィッシャーの妻は音楽好きで、音楽愛好家のスタイナーという男と知り合い、2人はその男の部屋で密かに落ち合っていた。その関係は肉体的なものではなかったが、フィッシャーはスタイナーの雇い主に圧力をかけてクビにしたことが原因で、フィッシャーの妻はその後まもなく失意の中で亡くなっていた。アンナはそのこともあって父親を憎んでいたのだった。
ジョーンズはアンナから、フィッシャーに群がる人びとの仲間に入らないよう忠告されていた。ジョーンズはフィッシャーの取り巻きたちの会合に一度は顔を出したものの、その後遠ざかっていた。
ジョーンズはアンナとの新婚生活を幸せに過ごしていたが、あるとき不幸が起こる。アンナの好きなスキーに行った際、アンナは木に激突して亡くなってしまったのだった。その葬儀にもフィッシャーは姿を見せなかった。
そんな中、ジョーンズはフィッシャーから再び取り巻きの会への招待を受け、参加する。そのとき、フィッシャーは奇妙なゲームを提案する。参加者6人に爆竹のくじを引かせるのだが、5つのくじには小切手が入れてあるものの、もう1つのくじを引くと爆発するというものだった。フィッシャーはこれで参加者の貪欲ぶりをテストしようとしていたのだった。
順々にくじがひかれていき、3つのくじが残った。参加者の1人は辞退していたので、ジョーンズともう1人退役旅団長の2人でそこから引くことになる。妻を亡くしたジョーンズは自殺願望を抱いていたこともあり、自ら進んでくじを2つ引いたが、それらはいずれも小切手だった。残った1つのくじを前に退役旅団長は躊躇していたが、ジョーンズは小切手と引き換えにそのくじを手にして死を覚悟の上で金属管を引っ張ったが、それが爆発することはなかった。
そこにスタイナーがやってきた。スタイナーはアンナの死を悲しみ、フィッシャーの顔に唾を吐きかけようとしていた。しかし、フィッシャーを目の前にしたスタイナーは、フィッシャーに哀れみを感じて唾を吐きかけることはできなかった。直後にフィッシャーは拳銃で自殺する。。。
訳者のあとがきによれば、グレアム・グリーンはカトリックであり、この作品は
「カトリックの神とこれを信じて奉仕する人びととの交渉をテーマにした残酷物語」
なのだそうです。訳者は次のように述べています。
「富力を握る者は現代社会の神である。神は、神の愛顧を求める者を扱うのに残虐ぶりを発揮して飽くことを知らない。創世記の神はアブラハムに、愛児を犠牲に捧げさせた。そしてドクター・フィッシャーの神性は? −それはもう一人の主人公、富をまったく欲しないジョーンズとの対決によって明らかにされる。」
これを読んでも、率直に言ってあまりピンときません。取り巻きたちに残酷な扱いをしたり、彼らの貪欲さを見下して喜んでいるようなフィッシャーのどこがカトリックの神と重なるのか??これはキリスト教をもう少しよく勉強していかないと分からないのかもしれません。
これまでに読んできたグリーンの作品としてはかなり異色な感じがしますが、グリーンの奥深さが現れた作品とも言えるかもしれません。