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ジョン・ル・カレ「われらが背きし者」

われらが背きし者

われらが背きし者

 スパイ小説の巨匠ル・カレの、ロシアマフィアに絡む最新邦訳作品です。

 オックスフォード大学の教官を退いたばかりのペリーは、恋人で弁護士のゲイルと共にカリブのリゾート地を休暇で訪れたが、そこであるロシア人ディマの大家族と親しくなり、テニスの試合を持ちかけられる。
 不遇な家庭に育ったディマは、体を売って稼ぐ母親に寄りついていたロシア役人を射殺した罪で刑務所に入っていた。そこでディマは元囚人たちの組織の幹部に上り詰め、マネーロンダリングを手がけていた。しかしディマは、犯罪組織から足を洗うため、ロシアの犯罪組織の実態をイギリスの諜報機関に提供する代わりに、家族をイギリスに匿ってもらおうという目的で、ペリーとゲイルに接触を試みてきたのだった。ペリーはディマという人物に惹かれ、ゲイルもディマの家族の子供たち、とりわけナターシャというディマの娘に惹かれていた。

 ペリーとゲイルを介してこの話を持ちかけられ、イギリス諜報機関の諜報部員のヘクターとルークはディマに接触することになる。パリで開催されるテニスの試合にディマがやってくるのに合わせて、接触が試みられる。ディマは元囚人たちの組織の後継者プリンスから命を狙われており、ディマの愛弟子夫妻はプリンスによって殺害されたと見られた。

 ディマの家族はスイスの高地に匿われ、イギリスへ飛ぶ環境が整うのを待っていたが、一向にその時は来ない。その背景には、イギリス諜報機関内部での対立もあった。ようやくロンドンに向かう飛行機が手配され、まずはディマだけがロンドンに向かい、ディマがきちんと情報を提供すれば家族が続いて移送される段取りとなった。ディマはルークと共に飛行機で飛び立つ。しかし、その飛行機がロンドンに着陸することはなかった。。。


 ル・カレの作品の魅力は、登場人物の魅力にあると言えます。この作品でも、ディマという人物の魅力が光っています。ディマは殺人で収容所に入れられたのですが、その殺人はいわば正義に基づくものでした。そうした恵まれない境遇からはい上がり、マネーロンダリングに手を染めるのですが、その罪悪感からそうした実態を公にしようという動機から、家族揃ってのイギリス逃亡を目論んだわけです。

 イギリス諜報機関の諜報部員のキャラクター設定も大変魅力的です。

 ディマの接触の仕方も、テニスの試合を持ちかけるという大変ミステリアスな設定です。そして、パリでの接触も全仏オープンの試合だったわけですが、何ともオシャレな設定です。

 ル・カレの数々の作品の中ではストーリー展開が平板で、緻密な登場人物の設定がストーリー展開に十分に生かされてないなど、決して出来の良い方とは思いませんが、世界を股にかけたスケールの大きさは健在です。