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映画、書評、ジャズなど

チャールズ・カミング「ケンブリッジ・シックス」

文学

ケンブリッジ・シックス (ハヤカワ文庫NV)

ケンブリッジ・シックス (ハヤカワ文庫NV)

 新進気鋭の小説家によるスパイものの傑作です。

 かつてイギリスの諜報機関には、キム・フィルビーらソ連のスパイが紛れ込んでいたことは有名ですが、彼らはケンブリッジ卒業生だったことから、五人組と呼ばれています。本作品は、そこにもう一人のスパイがいたとしたら?という設定で書かれたものです。

 ロシア史を研究する歴史学者のサム・ギャディスは、離婚した妻との間の娘の学資資金に困っていたところ、かつて恋人関係にもあったジャーナリストのシャーロット・バーグからの誘いで、共著でスパイのスクープに関する本を出して資金を稼ごうとしていた。シャーロットは、いまだ世の中に知られていない第6のケンブリッジ卒業生のスパイであるエドワード・クレインというスパイを追っていたのだが、そんな矢先にシャーロットが心臓発作で死んだ。ちょうどサムはロシアの大統領に関する本を出したばかりだったが、そんなサムのところに、女優志望の女性ホリー・レヴェットが現れる。ホリーの母親はイギリスとロシアの諜報機関から送られた大量の資料を残して亡くなったばかりだった。

 サムはシャーロットが生前に連絡した先を辿るうちに、病院の看護師カルヴィン・サマーズと面会し、かつて働いていた病院で死亡が偽装された男がおり、それを首謀した人物が現在イギリス諜報機関の長官であるブレナンであることを知った。

 さらにサムは、シャーロットと連絡を取っていた人物トーマス・ニームと名乗る老人に会う。ニームはクレインについて詳しく知っている人物ということだった。クレインは当初イギリスの諜報機関の中でソ連のスパイとして活動していたが、独ソ不可侵条約ソ連ナチスと手を結んだことを納得することができず、その後はソ連のスパイであったことを上司に打ち明け、二重スパイとしてイギリスのために活動していたのだった。死期が間近に迫っている中で、自らの存在を後世に残しておきたいという衝動から自らの業績を世に出そうとしたのだった。

 サムがこの問題に関心を持った後、多くの関係者が命を落としていく。サマーズも何者かによって殺害された。何者かがこの案件を掘りかえされるのを防ごうとしていることは明らかだった。ブレナンも部下の女性ターニャに指示してサムを見張らせていた。

 サムはベルリンに飛び、かつてクレインの死亡偽装に関わっていた医師マイスナーに接触するが、その直後にマイスナーは殺害される。サムは現場で危ういところで命拾いしたものの、暗殺者を銃で撃ってしまうが、ターニャに助けられ、イギリスに戻ることができた。サムはマイスナーと面会した際、ニームが実はクレインそのものであることを知ったのだった。

 サムは、かつてクレインがベルリンでロシアの現大統領セルゲイ・プラトフと一緒に活動していたことを突き止める。そして、かつてイギリス諜報機関のベルリン支部長を務めていたロバート・ウィルスキンがニュージーランドに住んでいることを知る。ウィルスキンは実はホリーの母親と懇意な関係にあり、入手した資料はウィルスキンからもたらされたものだった。

 ウィルスキンが娘の結婚式でウィーンに来るとの情報を掴み、サムはウィーンに飛び、ウィルスキンを捕まえる。そこでウィルスキンから聞き出した情報は衝撃的なものだった。ロシアの現大統領セルゲイがかつてソ連の諜報機関の諜報部員としてベルリンに勤務していた際、イギリス側に亡命を持ちかけていたというのだ。この情報を入手した直後、ウィルスキンは何者かによって殺害される。

 サムはまたしてもターニャに助けられてロンドンに戻る。ウィルスキンがホリーの母親にもたらされた資料の中には、おそらくセルゲイが亡命を求めている際の映像のVTRが含まれているに違いなかった。サムはその映像をホリーの家の地下室から見つけ出した。イギリス諜報機関はこの映像を持っていることで、ロシアの現大統領を意のままに操ることができていたのだ。

 サムはこの情報を公開しないことを条件に金を手にし、このテーマから手を引くことにする。ニームは再び死亡したことになり、名前を変えて別の場所に移された。そしてクレインは再び自らの情報をマスコミに売ろうと試みるのであった。。。


 イギリスの諜報機関に多くのソ連スパイが紛れ込んでいたことは史実ですが、その背景にはマルクス主義への共感、アメリカへの反発などイデオロギー的な側面が多分にあったわけです。東西冷戦構造がなくなってから以降はスパイといってもなかなかピンとこなくなってしまったのですが、やはり冷戦下の東西冷戦を舞台にしたスパイ小説は迫力と説得力があります。

 この小説に出てくるクレインという二重スパイはもちろんフィクションですが、その存在がとても説得力があるのも、正に冷戦を舞台にしているからにほかなりません。

 著者はまだ40代前半の若い小説家のようですが、取り上げるテーマの着眼点には目を見張るものがあります。これからの活躍が楽しみです。

 本書は文庫本で五百数十ページの大作ですが、あっという間に読み通してしまえる力作です。