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映画、書評、ジャズなど

West-Eastern Divan Orchestra/Barenboim「The Ramallah Concert・Knowledge Is The Beginning」

文化

ラマラ・コンサート [DVD]

ラマラ・コンサート [DVD]

 ピアニストであり指揮者でもあるユダヤ人のダニエル・バレンボイムパレスチナのラマラでコンサートを開催するまでの経緯とコンサートを収録したドキュメンタリーです。バレンボイムイスラエルパレスチナその他の中東国家からの若者を集めたオーケストラを主催していることで知られていますが、このドキュメンタリーを見ると、その取組がいかに命がけで人生をかけたものであるかが分かります。そして、バレンボイムの指導を受けようと集まってきた若者たちが、次第に心を開き始め、ときには政治にも踏み込んだ会話をしている光景は印象的です。ドイツでは参加している若者たちが強制収容所を一緒に見学したりして、互いの置かれた立場を理解し合おうという試みが積み重ねられていきます。メンバーの中には、親同士が同じ戦場で敵同士で闘ったことが分かったという者もいますが、それでも本人同士は親しく理解し合っているという場面もあります。

 この取組はバレンボイムエドワード・サイードの共同プロジェクトとして始まったものです。しかしながら、サイードは志半ばで亡くなってしまい、その遺志を継いで、バレンボイムがラマラでのコンサートを実現していく過程は感動的です。若者たちはスペイン政府の発給したパスポートでパレスチナに入国しますが、アラブ人とイスラエル人はそれぞれ別ルートで入国します。ラマラではパレスチナ政府による厳重な警護で移動し、イスラエル人たちはコンサートが終わると休む間もなく厳重な護衛で会場を離れていきます。しかし、コンサートが終わった後のイスラエル人たちの清々しい表情には、心の底から安堵を覚えます。

 DVDの中で最も印象的なシーンは、バレンボイムイスラエル国会においてウォルフ賞を受賞するシーンです。 司会者からバレンボイムの紹介がありますが、ウェスト・イースト・ディヴァン・オーケストラには一切触れられません。そして、バレンボイムのスピーチが続きます。バレンボイムは、イスラエルの独立宣言を引用した後、次のように述べます。

「“他国の占領”は宣言されていません。他国の基本的権利を侵すのを容認することは、イスラエルの国民として正当な行為であると言えるのでしょうか?私たちユダヤ人は長い間迫害され、苦しみと共に生きてきた歴史があります。その苦悩を知りながら、隣国の権利の侵害に無関心でいられるしょうか?イスラエルは隣国との争い、つまりイデオロギーに固執した非生産的な争いを繰り返すのか、あるいは社会正義に基づいて現実的に人道的な解決方法を模索していくのでしょうか?道徳的な見地に立っても、戦略的な立場から考えても、争いを軍事的手段で解決することはできません。そう信じている私は、こう自問しました。“お前は解決するまでただ待っているのか?”そこで私は今は亡き友人エドワード・サイードと共に中東の若手音楽家のためのワークショップを開催しました。音楽はイスラエル人とパレスチナ人の創造する力をはぐくんでくれました。この認識に基づき、賞に対して贈られる賞金をイスラエルとラマラの音楽教育に寄付します。」

 聴衆からは拍手が起きますが、このスピーチを聴いたイスラエルの教育文化スポーツ相は拍手をせず、その後のスピーチで、バレンボイムイスラエルを批判する発言をしたことを残念に思う旨のスピーチを行います。これに対して、バレンボイムは次のように反論します。

「この国では自由が保障されている。だから私にもこの場で発言する機会が与えられました。教育大臣閣下も認識されていることと思います。私はイスラエルを批判したわけではありません。この国の独立宣言の一部を引用して問題を提起したのです。このことを大臣閣下にも考えていただきたい。」

 公の場における緊迫したやりとりですが、バレンボイムの方に説得力があったことは言うまでもありません。バレンボイムの取組の前に立ちはだかる壁がいかに高いかを痛感させられるシーンです。

 この作品を見て、政治的・軍事的ににぶつかっているときこそ文化の力が発揮されるべきだということを、私は改めて認識させられました。これは中東だけに当てはまることではありません。日中・日韓関係だって同じことでしょう。政治的にうまくいっていないときこそ、草の根の文化交流が一層必要となってくるはずです。あれほど激しい対立を繰り返してきたイスラエルパレスチナでさえも、音楽を通じた人びとの交流が可能となるのです。文化の力はそれほど偉大なのだと思います。

 是非多くの人たちにバレンボイムの地道な取組を知ってもらいたいと思います。