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映画、書評、ジャズなど

領土を巡る争いに対処する知恵

政治

 日本が尖閣諸島を国有化したことに対する中国の反発が連日大きく報道されています。これまでもしばしば反日デモが起こりましたが、今般のデモによる破壊や略奪はかなりエスカレートした感があります。

 まず抑えておかなければならないことは、領土を巡る争いというのは得てして話し合いで解決できない問題だということです。日本人は尖閣諸島竹島が日本の領土であることは自明だと考えているわけですが、相手側の国民は、それらは自分の領土だと思って信じて疑っていないわけです。これはいくら議論したとしても、決してお互いが納得できるような結論に達するわけがなく、話し合いによる解決を期待することはおそらくナンセンスでしょう。武力による解決がもっと愚かであることは言うまでもありません。

 領土を巡る争いは少しでも譲歩すれば、直ちに政権崩壊にもつながりかねないインパクトを持っています。とりわけ、中国のように選挙をせずに一党独裁を行っている国にとっては、致命的な問題になりかねません。つまり、領土問題は内政問題と密接にリンクしているわけです。加藤嘉一氏は「「いま起きていること」の90%は内政問題である」という言い方をしていますが、この言葉にすべてのエッセンスが凝縮されています。
http://diamond.jp/articles/-/25191

 したがって、国家は領土を巡る争いについては、一歩たりとも譲歩することができないわけです。今更中国や韓国が進んで、尖閣諸島竹島はやっぱり日本の領土でしたなどと言うことは全く期待できないと言ってもよいでしょう。ですから、中国や韓国に自らの非を認めさせようとする試みは、極めて致命的な事態、すなわち武力衝突を招きかねないということはよく理解しておく必要があります。

 特に中国の共産党政権の正統性というのは、極めて危うい基盤の上に成り立っているということを良く理解しておくべきでしょう。かつての共産党指導者たちは、実際に抗日戦線に参加し、自ら日本を中国本土から追い出したという揺るぎない「勲章」を具備していたわけですが、今の指導部世代はそのような「勲章」は持っていません。なぜ彼らが指導する共産党が選挙というプロセスを経ずして政権の座にいるのか?これは多くの中国人たちが潜在的に抱いている疑問であり不満です。だから、共産党政権が領土を巡る争い、しかも日本との間の争いで一歩たりとも引けないことは中国の内政を眺めれば一目瞭然なのです。
 日本でも同様に、領土に関して一歩たりとも譲歩できないことは言うまでもありません。
 したがって、表向きの外交上はお互い領土を巡る争いは建前論を唱え続けるしかないわけです。

 それでは、日本は領土を巡る争いにどのようなスタンスで向き合えば良いのでしょうか?

 今や企業活動のグローバル化が飛躍的に深化し、アジアワイドの分業体制が構築されている中、経済面だけ見ても日中関係、日韓関係は後戻りすることはできない状況になっています。日本で製造された部品が中国や韓国に運ばれ、それが中国製あるいは韓国製の家電製品として世界に向けて販売されているという現状があるわけです。ですから、政治問題と経済関係を切り離して処理する知恵が必要となってきます。

 そして、もう一つ強調しておかなければならないことは、こういう状況においてこそ、文化交流の窓口を閉ざしてはならないということです。日本のアニメや漫画も中国の若い世代に浸透しており、逆に韓国のK-POPや韓流ドラマは日本の社会に浸透しています。こういう草の根の文化交流は絶やすべきではありません。

 文化交流の重要性については、村上春樹氏が9月28日の朝日新聞に寄稿された文章が大変良くまとめています。

「文化の交換は「我々はたとえ話す言葉が違っても、基本的には感情や感動を共有しあえる人間同士なのだ」という認識をもたらすことをひとつの重要な目的にしている。それはいわば、国境を越えて魂が行き来する道筋なのだ。」

 文化交流の重要性ここまで端的に表現した文章はお目にかかったことがありません。こういう人びとの魂に訴えかける文章を書けるのは、さすが超一流の作家です。

 領土という大変難しいテーマについて、村上春樹氏は大変うまく切り込んでおり、非常に客観的にまとめていると思います。領土を巡る争いが国民感情に踏み込んでくる状況を「安酒の酔い」と表現したことに私は大変共感します。些細な領土紛争がいかに致命的な戦争を招いたかを学ばずして、歴史を学んだとは言えないはずですが、こういう状況の中で多くの人びとは第二次世界大戦勃発の経緯を振り返ろうとしません。これはもちろん日本人だけでなく中国人、韓国人にも等しく当てはまる事実です。

 日中、日韓関係はここに至るまでだいぶ洗練されてきたと思っていましたが、今回、領土を巡る争いが経済や文化の領域にまでいともたやすく入り込んできた状況を目の辺りにすると、両国の関係はまだまだ洗練したフェーズにはほど遠いことを痛感せざるを得ません。こういう状況だからこそ、日本人は冷静に対処することが必要だと思うわけです。

 今、尖閣諸島を巡って日中両国の船舶がにらみ合っている状況は、明らかに異常な状況と認識すべきです。国際紛争というのは得てして些細な状況から生まれていることは良く理解すべきです。誰も戦争を起こしたいなどと考えている人はいないとしても、一旦戦火が開かれてしまえば、当事者は引くに引けない状況に追い込まれ、それが悲劇を生んできたことは歴史が如実に物語っています。

 日本は領土に関しては従来の主張を繰り返していく以外に取るべき道はありません。すなわち、譲歩するという選択はとり得ないわけです。だからこそ、それが国際紛争につながらないようにすることに気を配らなければなりません。

 そう考えると、今回の尖閣諸島を都が買い上げることを打ち出すということが本当に必要だったのかは、我々はよく考えなくてはなりません。竹島に関しては、韓国が実効支配しているという現実に鑑みれば、日本は竹島問題を国際社会に大いにPRしていくメリットがあります。他方、尖閣について見ると、尖閣諸島を日本は実効支配してきており、外国人が領海内に入った際も、日本の警察権で対応してきたわけです。米国も尖閣諸島日米安保の対象内だというスタンスを取ってきたわけで、いざ中国からの武力攻撃があれば米軍も対処することは十分担保されてきました。今回の一連の騒動はそうした状況の維持にとって果たしてプラスに働いたのか?むしろ尖閣諸島を巡る争いがあることを中国が国際的にアピールすることになってしまったのではないか?こうした点は今後よく検証していくことが必要だと思います。

 領土を巡る争いは、テーブルの上では建前の応酬をしつつも、テーブルの下では冷静に握手しあうくらいのしたたかな外交が必要です。韓国にも中国にも日本は言うべきことは言い続けていかなくてはなりませんが、それによって保守派の熱狂を煽るような形に持っていけばいくほど、政治的にますますエスカレートするリスクは高まっていきます。

 最後に村上春樹氏の言葉を引用しておきます。

「安酒の酔いはいつか覚める。しかし魂が行き来する道筋を塞いでしまってはならない。その道筋を作るために、多くの人々が長い歳月をかけ、血の滲(にじ)むような努力を重ねてきたのだ。そしてそれはこれからも、何があろうと維持し続けなくてはならない大事な道筋なのだ。」