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フィツジェラルド「ベンジャミン・バトン」

ベンジャミン・バトン  数奇な人生 (角川文庫)

ベンジャミン・バトン 数奇な人生 (角川文庫)

 標題作が少し前に映画化されたところですが、この作品を始め7つの短編作品が収められています。

 「ベンジャミン・バトン」は、バトン夫妻の間に生まれた男の子ベンジャミンの話で、生まれたときは70歳の風貌で、年をとるごとに次第に若返っていくという不思議な話。晩年は赤ん坊と一緒にすごしながら黄昏ていくシーンが印象的です。

 「レイモンドの謎」は、ニューヨーク郊外で起こった強盗事件の話。レイモンド家の娘ミス・レイモンンドと使用人が殺害されているのをミスター・レイモンドが発見し、妻ミセス・レイモンドの姿はなかった。警察署長のイーガンは新聞記者のサイレルと共にこの事件に関わる。真相は、使用人が娘を撃ち殺し、ミセス・レイモンドが使用人を射殺したのだった。ミセス・レイモンドは逃亡先で毒薬により命を絶った。。

 「モコモコの朝」は、飼い犬の目線で描かれた作品。友達の犬が車に轢かれてしまう。

 「最後の美女」は、南部のタールトンという町を舞台にした恋愛話。主人公アンディはこの町に兵員として滞在していた。この町で3人しかいないという女の子のうちの一人アイリーは、恋多き女であった。スコーエン中尉はアイリーと恋に落ちるが、やがてスコーエンが基地を離れ、アイリーはスコーエンを待ち続ける。一度は戻るものの、再び戻ることはなかった。アンディは再びこの町にふと戻った際、アイリーと再会した。そして、実はアンディは自分がアイリーを熱烈に愛していたことに気がついたのだった。それをアイリーに告白したが、アイリーには既に婚約者がいたため断られる。2人はもはや消失していた基地まででかけ、過去の痕跡を確かめた。

 「ダンス・パーティの惨劇」は、南部を舞台にしたダンス・パーティでの殺人事件についての話。主人公の女性はチャーリー・キンケイドという男と惹かれ合うが、彼はマリー・バナーマンという美しい女性と婚約していた。ある夕食会での出来事。主人公が邸宅の2階の部屋を間違って開けると、そこではキンケイドの婚約者マリー・バナーマンと元知事の息子ジョー・ケーブルが激しいキスを交わしていた。階下ではキャサリン・ジョーンズという女性が激しいチャールストン・ダンスを踊っていたが、アンコールの声にもかかわらず、キャサリンはオーケストラのリーダーに平手打ちを食らわせてダンス・パーティを打ち切ってしまう。そして平手打ちで音楽が止んだそのとき、家の中から銃声が聞こえた。その後、2階でマリー・バナーマンが死んでいるのが発見され、チャーリー・キンケイドが逮捕される。後日、主人公はバンド・リーダーと面会し、マリーの死体の第一発見者ケイティがこのバンド・リーダーの妹であることを知る。ケイティはキャサリンの付き添いをやっていた。そして、キャサリンとマリーがジョー・ケーブルを巡って三角関係にあったことを知ったのだった。主人公はキャサリンが真犯人であることを悟る。しかし、一つ疑問が残る。銃声がしたとき、キャサリンは大勢の客の前にいたはずだ。実はキャサリンはオーケストラが演奏中にマリーを射殺したため、誰もその音を聞いていなかった。観客たちが耳にした銃声は、ケイティが発砲したものであり、それでキャサリンにアリバイができたのだった。主人公は釈放されたキンケイドをハネムーンに出かけたとき、事件当時邸宅の2階に置いてあったゴルフバックの中から犯行に使われた銃が転がり落ちてきた。。。

 「異邦人」は、ネルソン・ケリーとニコール・ケリーのアメリカ人夫妻が異国を放浪する話。ネルソンは画家、ニコールは歌手を目指していたが、小金を手にしたため、異国を放浪することにしたのだった。アルジェリアでは世界を旅慣れているマイルズ夫妻と出会い、アラブ人の踊り子のショーを見る。その後、イタリアのソレントに移動するが、そこでは自動ピアノを巡ってイギリス人夫妻と口論になり、モンテカルロへと移動する。くつろいだ雰囲気の中で2人は時を過ごしていたが、ある昼食会でネルソンがフランス人女とキスをしているのを見たニコールは花瓶を投げつけて大騒ぎになる。やがてモンテカルロを離れた2人はパリにたどり着く。そこで知り合ったチキ伯爵はこれといった財産はなかったが、社交界に強いコネを持っていた。そして、ニコールが出産のために入院したとき、チキ伯爵は2人の家で暮らすことになった。そこで、チキ伯爵は、義弟が有名な船上でパーティを催すことを伝えら、2人も招待された。出産後のニコールは医者の制止を振り切ってパーティに参加したが、大したメンバーが参加していなかったことに幻滅し、ニコールは早めに引き上げたのだが、家に帰ったニコールは、チキ伯爵の召使いが家財を持ち逃げしたことを知る。しかも、知らない間に船上パーティの主催者はケリー夫妻となっており、パーティが終わるなり2人の元には多くの請求書が届く有様だった。2人はパリを離れてスイスにたどり着く。レマン湖のほとりで暮らす2人は、そこで知り合いのアメリカ人カップルと再会する。そのカップルとは、これまでアルジェリアを始め旅先で何度も出会ったカップルだった。夕食後庭園を歩く2人は稲妻の中に、そのカップルの姿を見つけ、自分たちにそっくりであることを悟った。2人は強く抱き合いながらやり直しを誓い合った。。。

 「家具工房の外で」は、妻が車を止めて家具工房に入って用を済ませている間に、父親と娘がその家を見ながら様々な妄想を繰り広げるという話。


 この短篇集の中で私が特に印象深かった作品は、「最後の美女」「ダンス・パーティの惨劇」「異邦人」の3つです。

 「最後の美女」では、主人公は自分がアイリーに恋をしていることに気付いて告白するものの、その願いは叶わず、一緒に過去の痕跡を確かめに基地の跡を訪れるのが何とも感傷的な作品です。
 「ダンス・パーティの惨劇」も、主人公の女性が思いを寄せていたにもかかわらず、相手に婚約者がいたために思いが叶わなかった男性が殺人事件に巻き込まれ、その潔白を証明した釈放された男性と主人公が結びつくという一途さに心を打たれます。
 「異邦人」は、アメリカ人夫妻が世界各地を移動し、様々な事件に巻き込まれた挙げ句に、最後に自分たちの存在を再確認してやり直しを誓うという、何とも切ない話です。

 これら3つの点に共通するのは、嵐のような人生を経た後にようやく落ち着く場所にたどり着く、という構成です。フィツジェラルドの生きた時代は「ジャズ・エイジ」と呼ばれるアメリカ社会が狂ったような盛り上がりを見せた時代です。その後に世界大恐慌が訪れるわけですが、人々の心はさぞかしぽっかりと穴が開いたような状態だったに違いありません。フィツジェラルド自身もそんなジャズ・エイジの真っ直中を生き、そして身を滅ぼしていった張本人です。何かそんな時代を彷彿とさせるのがこの3つの作品のように思います。何とも言えない虚無感が作品中に漂っており、ある意味で、フィツジェラルドの良さが満喫できる作品集でした。