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映画、書評、ジャズなど

青木保「「文化力」の時代」

 元文化庁長官で、現在国立新美術館の館長を務めておられる青木保氏による過去の論文をまとめた著作です。論文の初出が10年以上前のものもありますが、そのメッセージは決して古びておらず、今見ても新鮮です。「東アジア共同体」の形成に向けた文化面の重要性に対する著者の熱い思いが詰まっています。

 著者はかねてより「都市中間層」の出現を指摘されています。アジアの都市には80年代くらいから中間層が出現しており、都市の外観だけでなく、そこに住む人たちの生活意識やライフスタイルも似てきているというのが著者の観察です。彼らはどちらかといえば自己中心的ですが、あまり強く宗教やナショナリズムに囚われないため、コミュニケーションが取りやすいと著者は述べています。そして、この階層は文化的趣味も豊かで国際的流行にも敏感であり、「東アジア共同体」の担い手として重要な存在となってきているというわけです。

 著者がこの存在を指摘されたのは1990年代初めとのことですが、近年、アジア諸国の大都市を巡ると、正にこうした階層が富裕層という形でより一層顕在化しているのが分かります。

 また、著者は、アジアの発展について「東アジア型発展」と「南アジア型発展」とに分けて考えている点が興味深いところです。「東アジア型発展」は、新しいものや利益になるものを追求してひらすら邁進していくタイプの発展で、他方「南アジア型発展」は、一途に邁進するのではなく、宗教、民族、地域、言語等の因習を踏まえてジグザグに発展していくイメージです。前者は中国に代表される発展型、後者はインドに代表される発展型です。

 著者はどちらかといえば、後者のインド型発展にシンパシーを抱いているように見受けられます。著者は次のように述べています。

「・・・「南アジア型」の「発展」には、意識的無意識的に「開発・発展」は画一的・単一的に行うことはできないという認識が「現実」の多様な重みとともに存在するように思われる。重要なことは、「東アジア型」の「開発・発展」の行き着くところ、やはりそこには「ジグザグ」な「多様な形」での発展が必要であるとの認識が生まれてきつつあることである。「南アジア型」の「発展」がすべてよいなどということではない。そこには逆にあらゆる「矛盾」があるといってもよいであろう。だが、そこでは「矛盾」解決には画一的・単一的な方法は存在しないという深い認識が、どこか存在の奥底でよく承知されていることに意味がある。」(p79)

 さらに、著者は、福沢諭吉岡倉天心を再読し、分析されている部分も大変興味深いです。著者の分析は次のような感じです。
 著者は、福沢の『文明論之概略』は、アジア文化無視のイデオロギーをつくり出した思想的要因だと指摘します。他方、岡倉の『東洋の理想』は、アジアの文化への関心から発し、日本は世界に向けてのアジア文化の総合的発信地としての地位にあるのだと主張していますが、アジアとの「共同」の作業を行い、「連合」を築く上でそれを論じるという動きにはほとんど見えないと著者は指摘します。つまり、日本の文化的使命を説いてはいるものの、同時代性への関心や意識は欠けているというわけです。著者は、ここにおいて、福沢と岡倉の目指す方向性が一致してくるのだと述べています。

「・・・両者とも同時代のアジアの「文化」や「人間の思い」を理解しようとする配慮がまず見られない。・・・その点において「脱亜入欧」と「アジアは一つである」とは同じコインの表裏の関係を示すものとみることができるのではないか。」(p150)

 本書にはほかにも鋭い指摘が随所に見られます。長年「文化」というキーワードで研究を蓄積してこられた著者の言葉には、深くズッシリとした重みを感じるとともに、文化を平和的に展開していこうという前向きで明るい姿勢が感じられます。

 「東アジア共同体」というとどうしても経済面が中心の議論に偏りがちです。もちろん、経済面の統合が進むことは極めて重要です。今ちょうど日中韓によるFTAの議論が始まろうとしています。

FTA、年内交渉開始で合意=日中韓
 【北京時事】野田佳彦首相と中国の温家宝首相、韓国の李明博大統領は13日午前(日本時間同)、北京の人民大会堂で開いた首脳会談で、3カ国による自由貿易協定(FTA)の年内交渉開始で正式に合意した。(時事通信)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120513-00000039-jij-pol
 こうした経済面での動きが円滑に進むためには、文化面における国民レベルでの交流や理解が進んでいることが大前提です。経済面の統合が進めば、国民レベルでの接触はますます増えていくわけ、そこで文化面の共通項を見出していくことは極めて重要な作業のように思われます。

 近年、日本のアニメや漫画がアジア各国においても普及し、年代を問わず日本文化に接している状況が起こっているわけですが、こうした関係をもっと分析し、発展させていくことが喫緊の課題です。

 本書はそんな重要だけど見逃されがちな視点を鋭く提言しています。アジアと関わりを持つすべての人たちにとって必読の書です。