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ポール・セロー「ゴースト・トレインは東の星へ」

ゴースト・トレインは東の星へ

ゴースト・トレインは東の星へ

 かつて『鉄道大バザール』で一世を風靡したポール・セローが、同書とほぼ同じ行程を再び辿った旅行記です。ロンドンからイスタンブールトルクメニスタン、インド、スリランカミャンマー、ヴェトナム、日本、ロシアと辿る旅はとても刺激的で、著者の観察眼の鋭さは、文化人類学者のフィールドワークを思わせます。最近読んだ本の中ではダントツの感銘を受けました。


 著者はトルコのイスタンブールノーベル文学賞受賞者のオルハン・パムクに会います。また、スリランカではアーサー・クラークに、そして日本では村上春樹に会います。その出会いの記述の中に、それぞれの大作家の人間性が赤裸々に表れているところが大変興味深いところです。

 トルクメニスタンでは、狂気の大統領についての皮肉たっぷりの記述で読者を楽しませてくれます。インドではあまりの人口の多さに辟易し嫌悪する著者の様子が伝わってきます。シンガポールではリー・クワンユーによって過度に管理されているのに気がつかない人々への苛立ちが現れています。著者はシンガポール大学で教鞭を執っていたのですが、マスメディアから受けた取材が悪意のこもった記事になることについて嫌悪感を抱くことになります。他方でヴェトナムでは、散々アメリカによってひどい目に合わされたにもかかわらず、アメリカを責めたり、あるいは憐れみを乞うたりせず、前を向いて歩き続ける人々の姿勢に感銘を受けます。著者自身がかつて参加したヴェトナム反戦デモの写真をヴェトナムの戦争証跡博物館で見つけて著者はいい気分を味わいます。東京では村上春樹に会い、秋葉原などを訪れますが、どこかなじめない様子。。。

 こんな感じで、行く先々で著者はいろいろな人たちと出会い、様々な言葉を交わしていきます。

 著者はアメリカ人ですが、アメリカの政策、とりわけブッシュのイラク戦争に対して批判的な考えの持ち主です。だから、本書を読んでいても、いかにも西欧的なオリエンタリズムの目線を感じることは少なく、大変爽快な分析となっています。

 特に、ヴェトナムに対する見方は、私の感覚にピッタリとはまりました。アメリカ人である著者を責めることなく、前を向いて行動する若者の姿。これこそがヴェトナムの強みと言えるでしょう。

「新生ヴェトナムの素晴らしい点の一つは慈悲の心であり、悪意や非難の欠如であった。ヴェトナムの文化では、人を責めたり不平を言ったり憐れみを乞うたりするのは弱さとみなされていた。復讐は無益なことなのだ。彼らが戦争で私たちに勝利したのは、辛抱強く、一致団結し、抜け目がなかったからだった。今度彼らは、同じように経済を築いていた。」

 フランスはヴェトナムに美しい建物を残したが、アメリカはヴェトナムに何一つ有益な建物を残さなかった。しかしだからといってヴェトナム人はアメリカ人をあえて責めようとはせず、資本主義という土俵でアメリカを打ち負かそうとしているという皮肉。こうした分析には思わず頷いてしまいます。

 それに対して著者が厳しい視線を投げかけるのはインドです。著者は次のように述べます。

「人生の大半は単調な擦り合いのうちに過ごされ、インド生活とは、強制的かつ終わりのない摩擦となるのだ。」

 同じ新興国でも、それぞれの発展の仕方は違うという点を著者は鋭く見抜いています。

 それにしても読み終わった後の爽快さは何とも言えません。私は『鉄道大バザール』は読んでいませんでしたが、本書だけ読んでもその面白さは全く減じられることはありません。

 いつかこういう旅行をしてみたい、と誰しも思ってしまうような本です。