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映画、書評、ジャズなど

村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」

ダンス・ダンス・ダンス(上) (講談社文庫)

ダンス・ダンス・ダンス(上) (講談社文庫)

ダンス・ダンス・ダンス(下) (講談社文庫)

ダンス・ダンス・ダンス(下) (講談社文庫)

 今更なのですが、読み返してみました。思うに、この本はバブル期の空気を知る上でもっとも適当なテキストなのではないかという気がしています。

 主人公は忽然と消えた彼女キキを訪ねて札幌の「いるかホテル」に赴くが、そこは近代的な「イルカホテル」へと変貌していた。そこで滞在する主人公は奇妙な体験をする。エレベーターで降りるとそこは真っ暗闇で、暗闇を進んでいくとそこにいたのはひっそりと生きる羊男だった。主人公はこのホテルの受付をしているユミヨシさんに好意を抱く。

 そのホテルで主人公はある少女ユキと知り合う。母親はその娘を置いてカトマンズへ行ってしまったのだった。主人公は娘を東京まで送り届ける。

 主人公はある映画の作品の中でキキが出演しているのを見つける。映画の中でキキと交わっていたのは幼なじみの五反田君だった。五反田君は売れっ子の若手俳優となっていた。主人公は五反田君と連絡を取り、頻繁に会うようになる。五反田君の生活はバブル経済そのものであり、借金を背負っている身であるのにかかわらず高級スポーツカーを乗り回し、経費をじゃぶじゃぶと使える身分だった。

 主人公が五反田君と一緒に呼んだコールガールのメイが、後日死体となって見つかった。主人公は警察から聴取を受ける。主人公はユキと一緒に、ユキの母親が待つハワイに向かった。費用はユキの父親持ちだった。滞在中のホノルルでも主人公は奇妙な体験をした。街で出会ったキキの後を追っていき、あるビルの中へと足を踏み入れた。そこで見たのは6体の人骨だった。

 やがてハワイから東京へ帰ると、主人公はユキから、キキを殺したのは五反田君だという話をされる。それはユキの感だった。主人公は五反田君にその話をした。五反田君は自分がキキを殺した記憶はあるものの、現実かどうかの確信が持てないとの話だった。五反田君は愛車マセラティとともに海に沈んだ。

 主人公はユミヨシさんと暮らすために札幌にとどまることを決めたのだった。。。


 この作品は本当にバブル期の異常な風潮を良く描いているなぁと改めて感心してしまいます。借金を抱えている身であっても経費と称してじゃぶじゃぶお金が使うことが奨励される風潮、一言で言ってしまえば、それがバブルの根底にあったのではないかと思います。その背景には、お金をじゃんじゃん貸してくれる金融機関の存在があったことは言うまでもありません。だから、経費とは無縁の立場の人たちには、バブルの熱狂は無縁だったわけです。

 また、この作品では、バブル経済がかつての古い社会を脇へと追いやり、古い社会に生きる人間たちにとって住みづらい社会となってしまったことが、「羊男」という象徴によって表現されています。五反田君がバブルの象徴であるとすれば、札幌のホテルに勤務するユミヨシさんは古い社会に生きている女性です。2人の立ち位置はとても対照的です。ユキの両親もバブルの心性の中で生きています。主人公とユキはバブルと古い社会の狭間で翻弄されて生きている人物で、だからこそ2人は年齢の差があるにもかかわらずどこか互いに必要とする存在として描かれているのでしょう。

 バブルの風潮は「死」のイメージと密接に絡み合っています。バブルは際限のない消費行動と深く結びついていますが、その行き着く先は「死」以外の何物でもないでしょう。この作品の中でも次々とバブルにまつわる人物が死んでいきます。コールガールのメイ、ユキの母親のボーイフレンドの片腕の外人、そしてキキ、最後には五反田君が死んでいきます。現実のバブルでも、バブル崩壊による経営破綻などの責任を感じた多くの人々が命を絶っていますが、バブルの心性と「死」は限りなく絡み合っていると言えるでしょう。

 この作品は1988年に刊行されたものです。つまり、バブル崩壊前に村上春樹氏はバブル社会の歪さをこの作品を通じて指摘していたことになります。バブルは決して楽園ではなく、絶望や死にたどり着く運命の現象であることを、この作品ほど巧みに表現しているテクストはないような気がします。

 最後に、「どうすればいいんだろう、僕は?」と尋ねる「僕」に対して、「羊男」が言った次の言葉を引用しておきます。これこそがバブルの心性を象徴する言葉だと思います。

「踊るんだよ」「音楽の鳴っている間はとにかく踊り続けるんだ。おいらの言っていることはわかるかい? 踊るんだ。踊り続けるんだ。何故踊るかなんて考えちゃいけない。意味なんてことは考えちゃいけない。意味なんてもともとないんだ。そんなこと考えだしたら足が停まる。一度足が停まったら、もうおいらには何ともしてあげられなくなってしまう。あんたの繋がりはもう何もなくなってしまう。永遠になくなってしまうんだよ。そうするとあんたはこっちの世界の中でしか生きていけなくなってしまう。どんどんこっちの世界に引き込まれてしまうんだ。だから足を停めちゃいけない。どれだけ馬鹿馬鹿しく思えても、そんなこと気にしちゃいけない。きちんとステップを踏んで踊り続けるんだよ。そして固まってしまったものを少しずつでもいいからほぐしていくんだよ。まだ手遅れになっていないものもあるはずだ。使えるものは全部使うんだよ。ベストを尽くすんだよ。怖がることは何もない。あんたはたしかに疲れている。疲れて、脅えている。誰にでもそういう時がある。何もかもが間違っているように感じられるんだ。だかた足が停まってしまう。」「でも踊るしかないんだよ」「それもとびっきり上手く踊るんだ。みんなが感心するくらいに。そうすればおいらもあんたのことを、手伝ってあげられるかもしれない。だから踊るんだよ。音楽の続く限り。」

 このブログで以前紹介した記事もご参照ください。
http://d.hatena.ne.jp/loisil-space/20070604/p1