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ジュリエット・B・ショア「プレニテュード」

プレニテュード――新しい〈豊かさ〉の経済学

プレニテュード――新しい〈豊かさ〉の経済学

 アメリカ社会における過剰消費と過労の悪循環について鋭く指摘し続けてきたジュリエット・B・ショアの著書です。環境負荷低減と労働時間短縮の視点から、新しい<豊かさ>を説く内容となっています。

 ショアの議論は、<豊かさ>には4つの原理があるとします。
 第1の原理は、新たな時間の配分です。これまでアメリカ人は長時間働き、より多くの所得を必要とする余暇時間をつぶし、市場でより多くの物を買ってきたわけですが、この流れを転換し、市場の外にも活動領域を拡げるべきだとします。
 第2の原理は、「自給」、すなわち自分のために何かを作ったり、育てたり、行ったりすることです。
 第3の原理は、「真の物質主義」であり、消費に対して環境を意識したアプローチをとることです。
 第4の原理は、お互い同士と私たちのコミュニティへの投資を回復させる必要性です。いわゆる社会関係資本と言われるものです。

 つまり、<豊かさ>とは、労働と消費を減らして、創造と絆を増やすことであり、ひいては環境負荷低減を図っていくという方向性をショアは提示しているわけです。

 本書の中で、ショアはいくつかの興味深い提言を行っています。

 これまで市場経済は、技術進歩と産業の衰退によって削減された労働者を吸収して成長してきたものの、今後は従来のように成長をあてにすることができない。そこでショアは、次のような提案を行います。

「・・・私たちは生産性の伸びを利用し、各仕事に伴う労働時間を削減する必要がある。こうすることで、企業を、人員をレイオフすることなしに革新を行い、売り上げ減を緩和し、需要が拡大した時には、仕事口を増やすことができる。一人あたりの労働時間を削減することは、少々奇異に聞こえるかもしれないが、それは、一九世紀、および二〇世紀の技術進歩への対応として行われてきた。・・・」(p150)

 ショアは次のような指摘もしています。

「生産性の向上と歩調を合わせた時短により、繁栄の広範な共有が可能になり、中流層の構築に一役買った。・・工業化時代の多くの期間にわたって、余剰労働者を再吸収したのは成長だけではなかった。時短も、雇用にとって、ほぼ同じくらい重要な貢献を果たしたのである。」(p151)

 こうした視点というのは、これまでの経済学であまり重視されてきていません。技術進歩によって機械化や自動化が進み労働生産性が上がれば、余剰の雇用をどこかで吸収する必要が生じてきます。これまでの社会では、成長による生産増によってこうした雇用を吸収することができましたが、今後、これまで以上の成長が望めないとすれば、それを別の形で解決する必要が生じますが、ショアは、労働時間の短縮をそのキーワードとしてあげているわけです。ワークシェアに近い考え方といえます。

 ショアによれば、労働時間が長ければ長いほど、幸福度が低くなることが分かっているとのことです。むしろ、より多くの時間を家族や友人たちと過ごすこと、より多くの時間を親しい友人との関係のために使うこと、食事やエクササイズにもっと時間をかけることが、幸福度を高めることにつながるのだとショアは述べています。

 東日本大震災を契機に、成長一辺倒の社会の在り方を見直す気運が高まっている我が国においても、こうしたショアの指摘は説得力があります。

 かつてショアは『働きすぎのアメリカ人−予期せぬ余暇の減少』や『浪費するアメリカ人−なぜ要らないものまで欲しがるか』という大変刺激的な本を出していますが、本書はその延長線上に位置付けられるものです。

働きすぎのアメリカ人―予期せぬ余暇の減少

働きすぎのアメリカ人―予期せぬ余暇の減少

浪費するアメリカ人――なぜ要らないものまで欲しがるか (岩波現代文庫)

浪費するアメリカ人――なぜ要らないものまで欲しがるか (岩波現代文庫)

 世界において、長時間労働の呪縛から抜け切れていない先進国は日本とアメリカです。ショアのアメリカ社会の分析と提言は日本社会にとっても大変有効な処方箋となり得るように思います。