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ポール・オースター「幻影の書」

幻影の書 (新潮文庫)

幻影の書 (新潮文庫)

 数々の映画を製作し、自らも出演していながら忽然と失踪したヘクターが実は生きていた、という話。短期間の間に次から次へと物事が展開していくスリリングな小説です。

 主人公の教授ジンマーは、飛行機事故で妻子を失い、失意の中でヘクターの作品に関する書を記した。しかし、ヘクターは失踪したまま行方不明であった。そんな中、ジンマーのもとにヘクターの妻フリーダから手紙が届く。ヘクターに会いに来てほしいという内容だった。さらにジンマーのもとにアルマと名乗る一人の女性が訪ねてきた。アルマとジンマーはすぐに恋仲になり、ジンマーはアルマに連れられてヘクターを訪ねる。

 アルマはジンマーの伝記を書きあげていた。そこにはヘクター失踪の謎も書かれていた。ヘクターは二股の恋人のいざこざに巻き込まれ、片方の恋人が他方の恋人を射殺してしまったため、その遺体を処分した上で逃亡を図ったのだった。
 ヘクターはその後、殺害されたブリジッドの故郷を訪ね、そこでブリジッドの父親のもとで働くことになる。そしてブリジッドの妹から好意を寄せられる。しかし、素性がばれそうになると、今度は出会った女とペアになって性行為を見せ物にすることで生計を立て始める。更にその後、行き着いた街で銀行強盗に出くわす。そのときヘクターが体を張って守った女性が後に妻となるフリーダだった。

 さて、ジンマーはヘクターのもとにたどり着き、ヘクターと面会する。ヘクターは弱っており、面会の翌日には亡くなった。

 ヘクターが亡くなると24時間以内に映画フィルムを処分する約束になっていた。ジンマーはフィルムを見ようとするが、到底全部は間に合わなかった。さらにフリーダはアルマの書きあげていたヘクターの伝記も処分してしまう。これに激情したアルマはフリーダを押したため、はずみでフリーダは亡くなってしまい、それを苦にしたアルマも自ら命を絶った。

 その後ヘクターの愛好者は徐々に増えていったが、ジンマーはヘクター失踪について口にすることはなかった。。。


 ジンマーとアルマが出会ってからわずか8日間に事態は目まぐるしく展開していきます。そして、ジンマーのもとから妻子に続いてアルマも消えていってしまうわけですが、なぜかラストには清々しさが漂っています。ジンマーは一連の事件が過ぎ去ったことで、吹っ切れて次の作業に取りかかっていきます。

 この小説では、アルマの存在感が大きいでしょう。顔に大きなあざがある魅力的な女性です。ジンマーのもとを訪れたかと思うとすぐにジンマーと恋仲になり、ジンマーを憧れのヘクターのもとへ導いていく展開には、神秘的な時間が流れます。

 これまでにオースターの作品と比べても、出来はよい方ではないかと思います。そして、この作品でも柴田元幸さんの翻訳の読みやすさが光っています。