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ギッシング「ギッシング短篇集」

ギッシング短篇集 (岩波文庫)

ギッシング短篇集 (岩波文庫)

 ギッシングの小説は実は初めて読んだのですが、この短篇集は大変面白い内容です。ギッシングといえば『ヘンリ・ライクロフトの私記』など長編がよく知られていますが、ある時期を境に短篇小説を量産するようになったようです。

 「境遇の犠牲者」は、イギリスの田舎に住む画家の男の話。偶然高名な画家が家を訪れ、そこにあった絵を高く評価するが、実はその絵は画家の男の妻が書いたものだった。夫妻はそのことを隠し通そうとするが、それが原因で家族は崩壊していった。

 「ルーとリズ」は、同居する2人の女ルーとリズの話。リズには幼い子どもがいた。ある日3人で近くの遊園に行くと、ルーの昔の夫が他の女性と一緒にいた。リズはルーがその男とよりを戻して家を出て行ってしまうことを恐れた。

 「詩人の旅行かばん」は、ある若い詩人が宿の娘だと思って預けたかばんがそのまま盗まれてしまったという話。中には大切な詩が入っていた。それから8年後、1人の女が詩人の下に盗まれた詩を返しに来た。女の話によれば、かばんを盗んだ女は金に困ってかばんを盗んだのだが、詩を捨てなかった。そして死ぬ時に詩を託されたとのことだった。女は名を名乗らずに去っていった。

 「治安判事と浮浪者」は、治安判事が裁判の被告として旧友と再会する話。被告の男は暴力事件を起こして裁判を受けていた。その被告が、世界中を自由に飛び回っているという話を聞いて、判事の男は心底うらやましがった。2人は意気投合し、判事の男は身辺整理をして一緒に旅に出かけようということになった。しかし、翌朝出発するという夜、判事の男は睡眠中に死んでしまう。

 「塔の明かり」は、裕福な家庭に生まれた男が政治家に再度挑戦しようとする話。男の家は裕福だったが、父親の意に沿う女をふって別の女と結婚し、父親の意に沿う女は弟と結婚することになる。父親の財産は弟の方に行ってしまい、男は財産を食いつぶしてしまっていたことから、選挙費用を弟に無心する。男の妻が弟の元へ行きようやく選挙資金のあてがついたと喜んだ途端、男はガス栓を閉め忘れて命を落としてしまう。

 「くすり指」は、ローマのホテルに伯父と滞在している娘にイギリス人青年との恋の話。一緒に訪れたコロセオの中で、青年は娘のくすり指を誤って踏んづけてしまう。青年は彼女に告白しようとするが、途中で後悔したため、ラブレターを待っていたところ望んでいた返事が来たという話にすりかえてしまう。彼女は別れの挨拶もなくローマを去っていった。

 「バンブルビー」は、学校で溺れた生徒チャドウィックを助けた少年バンブルビーの話。命を助けられた生徒の父親はバンブルビーに感謝し、彼の職を世話するとともに、バンブルビーの父親の商売を支援するが、やがて、チャドウィックとの関係が悪化すると、バンブルビー父子への支援を止めてしまう。その後、チャドウィックから連絡があり、投資話への参加を要請され、バンブルビーはその話に乗り、ロンドンに行くことを決める。ところが、ある日新聞を見ると、チャドウィックが取り込み詐欺で警察に追われているとの記事が掲載されていたのだった。

 「クリストファーソン」は、家中を買いあさった本で埋め尽くしている男クリストファーソンの話。稼ぎはほとんどなく、真摯に夫を支える良妻の収入に頼っていた。あるとき、クリストファーソン夫妻に、田舎の別荘の管理人をやらないかという話が舞い込んできた。苦労続きだった妻はその話を心から喜んだが、夫の大量の本を持ち込むことを敬遠され、その話はなくなってしまった。その後クリストファーソン夫人は病で生死をさまよい、田舎に移住できなかったことを後悔した夫は、蔵書を廃棄することを決心する。やがて夫人は回復し、夫妻は晴れて田舎に移り住めることになったのだった。


 以上が短篇のあらすじですが、いずれもどこか人生の不可解さというか、波瀾万丈さを巧妙に描き出しており、切れが感じられます。また、いずれの短篇も強烈な余韻を読者に残します。短篇とはかくあるべきという良作ばかりです。

 訳者解説によれば、ギッシング自身、波瀾万丈な人生を歩んだようです。学生時代に貧しい売春婦を養おうと窃盗で捕まって退学となり、その後アメリカに渡るものの、さほどの業績をあげられず再びイギリスに戻ります。かつて養おうとした売春婦を呼び出して妻にするものの、妻は酒浸りで亡くなります。その後行きずりの下層階級の娘と結婚しますが、安泰な結婚生活とはいかなかったようです。

 そんな彼の人生が深みのある短篇の基礎となっているような気がします。