- 作者: アナリー・サクセニアン,山形浩生,柏木亮二
- 出版社/メーカー: 日経BP社
- 発売日: 2009/10/08
- メディア: 単行本
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両者の違いを一言で言えば、ルート128は少数の企業が様々な生産プロセスを内製化しているのに対し、シリコンバレーでは多くの企業が地域の非公式なオープンネットワークでつながっており、各企業は競争しつつも互いに協働が機能しており、企業間の境界もはっきりしない中でイノベーションにつながっている、という感じです。
つまり、ルート128では閉鎖的で秘密主義を徹底した大企業による中央集権的な企業活動といったイメージ、シリコンバレーでは開放的で気軽に転職する技術者たちがサークル的な乗りで企業活動をやっているというイメージでしょうか。
本書はルート128とシリコンバレーの違いを少々冗長に繰り返している感じもあるのですが、ただ、地域のこうしたネットワークの重要性がイノベーションにつながっているという指摘の重要性は、近年その意義を減ずるどころか、ますます高まっているのではないかという気がします。
2000年代に入り、「産業クラスター」「知的クラスター」といったクラスター政策が盛んに提唱されました。地方もクラスターの形成に向けて様々な取組を行ってきたわけですが、その効果といえば、極めて限定的なような気がします。多くの地域ではクラスター政策はそれほど成功している状況にはないような気がします。
本書はそうしたクラスターの重要性についての一つの理論的根拠ともなっているわけですが、多くのクラスター政策がうまく機能していないのは、本書でフォーカスされている非公式なネットワークの形成に結びついていないからであるように思われます。
この非公式なネットワークの形成を政策として推し進めるのは至難の業です。国や自治体が旗を振れば形式的なネットワークは作ることができるでしょうが、非公式なネットワークを形成するためには、その地域の風土から変えていかなければならないからです。それは行政主導ではやはり限界があるのでしょう。
にもかかわらず、こうした非公式なネットワークの形成という命題にチャレンジし続ける価値は大いにあるのではないかと思います。産業政策というと、国が大きなビジョンや方向性を示してそこに多額の研究開発資金などをつぎ込むというイメージが定着していますが、それは過去の高度成長期における産業政策の虚像であるような気がします。
産業政策というのは実は根本的にそんな派手なものではなく、極めて地味な性格であるべきなのだと思います。地域の企業と企業を地道にマッチングを通じて結びつけたり、企業の経営者が集まるサロンのようなものを組織して、人的つながりを醸成したり、というのが地味だけども実はもっとも効果的な産業政策なのではないかと思うのです。そして、大企業だけでなく、地域の中小企業がそうしたネットワークにきちんと入り込めるようにすべきなのです。
大企業には大企業の持つメリットがあります。多くの資金や人材を投入できるのは大企業ならではの強みなのですが、逆に意思決定に時間がかかり、方向転換がしづらいというデメリットもあるわけです。
逆に中小企業は資金力や人材量では大企業に劣るわけですが、経営者の判断によって方向転換はしやすいというメリットがあります。
だから、深みのある産業集積やクラスターを作っていくためには、大企業と中小企業が混在して、それらが柔らかいネットワークでつながっているような、そういう素地を作ることがもっとも重要であるような気がします。
人と人との交流が常時ふわっと行われるようになれば、そこから新たな知恵も生まれてくる可能性が増大しますし、ひょんなことから異業種間のコラボのアイデアも生まれてくるかもしれません。そういう環境を整備するのが、行政のなしえる最大の産業政策なのだという感じがします。
本書はそうした実感を理論的に補強する上で、大変役に立つものでした。決して古びた議論ではなく、今こそ再認識すべき視点が数多く盛り込まれている、そんな本です。