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グレアム・グリーン「事件の核心」

事件の核心 (ハヤカワepi文庫―グレアム・グリーン・セレクション)

事件の核心 (ハヤカワepi文庫―グレアム・グリーン・セレクション)

 ミステリーの巨匠グレアム・グリーンの作品です。西アフリカの植民地という特異な環境の中で恋愛と神への忠誠との間で揺れ動く主人公の心情を鮮やかに描いた作品です。

 主人公のスコービーは、西アフリカの植民地で警察副所長を務めていた。スコービーにはルイーズという妻がいたが、2人の間にできた娘を不意の事故で亡くしてから、2人の関係には亀裂が生じていた。さらに、新たな署長が着任することが決まり、スコービーの出世の道が閉ざされたことが、2人の間の亀裂を決定的なものにした。

 そんなとき、会計係としてこの地にやってきたのがウィルソンであった。ウィルソンはルイーズに対して好意を抱く。

 ルイーズは夫と離れるため南アフリカ行きを希望するが、そのための資金が必要だった。スコービーはシリア人のユーゼフに便宜を与え、ユーゼフから資金を借り受け、ルイーズの渡航費に充てた。

 また、ルイーズが南アフリカに滞在しているとき、難破船が漂着し、救助された乗客の一人にヘレン・ロートル夫人がいた。ヘレンはこの事故で夫を亡くしたが、そんな失意の中、ヘレンに言い寄る他の男もいたが、ヘレンはスコービーの好意に惹かれ、2人は恋愛感情で結ばれる。

 ウィルソンはスコービーとユーゼフとの関係に疑念を抱く。ウィルソンは実は本国から派遣されたスパイであり、スコービーもスパイ行為の対象だった。ウィルソンはまた、スコービーとヘレンの関係にも気付いていた。

 そうした中、ルイーズが再び西アフリカに戻ってくることになった。スコービーは妻ルイーズとヘレンへの思いの中で切り裂かれた。ルイーズから教会に聖体拝領に行くよう促されるが、その都度口実を作って躊躇していた。神の前で嘘をつくことが恐かったのだ。

 新しく着任するはずだった署長が着任しないことになり、スコービーは新署長になることになった。これでルイーズと新たな出発ができるはずだったが、スコービーは新署長になることを拒んだ。

 また、スコービーの秘密を召使いが知ってしまったことをユーゼフに相談したところ、ユーゼフはこの召使いを殺害してしまった。このことがスコービーの心を一層傷つけた。

 スコービーはルイーズとヘレンに一番迷惑をかけない解決策として、自らが命を絶つことを選択する。自殺と知れないよう、狭心症を装い、スコービーは睡眠薬で自殺する・・・。


 この物語の根底には、神に対する忠誠心という宗教的テーマが横たわっています。スコービーの心が2人の女性の間で揺れ動いたというだけでなく、そこにはスコービーの神に対する忠誠心が加わり、スコービーの心はこの3点の間で揺れ動きます。

 そしてスコービーが最後にとった選択肢は、自らの命を絶つという行為だったわけです。それは神に対する裏切りであるとともに、神の前で虚偽の告解をできないがためのやむを得ない行為でもあり、神に対する敬意の表れでもあると言えます。

 最後にルイーズが述べている次の言葉に、このことが表れているような気がします。

「たしかにあの人が愛したのは神だけで、あとはだれも愛していませんでしたわ」

 キリスト教的宗教観が横たわっているため、日本人の心情からするとやや分かりづらい面もありますが、単なる恋愛物語に終わらせず、宗教的テーマをきちんと絡め、、キリスト教における罪とは何かという重厚なテーマに挑んでいるところが、さすがグレアム・グリーン!という感じがします。人々の深層心理を鋭く描くことにおいては、非常に長けた作家です。

 アフリカのじめじめとした蒸し暑い気候の中で展開される重厚で内面的なストーリーが、とても重い余韻を読者に残す、そんな物語です。