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ジェフリー・アーチャー「プリズン・ストーリーズ」

プリズン・ストーリーズ (新潮文庫)

プリズン・ストーリーズ (新潮文庫)

 ジェフリー・アーチャー偽証罪で投獄された際に獄中で見聞した話を基に書かれた短編集です。全部で12編の作品から構成されていますが、ピリッとした作品がいくつか見られます。

 「自分の郵便局から盗んだ男」は、フィッシュ・アンド・チップス店の店員からその店を買い取り、さらには郵便局を買い取るまでにサクセスストーリーを歩んでいた夫婦が、郵便局の格付けが下がったために人生が狂い、詐欺を働くに至った話。裁判長は夫妻は犯罪者でなかったと考えている。
 「マエストロ」は、売り上げをごまかして脱税していたイタリアンの店のオーナーの話。テーブルクロスとナプキンをクリーニングに出した枚数から足がついた。
 「この水は飲めません」は、妻が離婚を切りだそうとしていることを偶然知った夫が、妻をサンクトペテルブルクへの出張に連れて行った際、飲めない水道水をこっそり飲ませて妻を殺害する話。妻の病原菌が伝染してしまい、自らも命を落としてしまう。
 「もう十月?」は、冬になる前に犯罪を犯して留置所で過ごす男の話。
 「ザ・レッド・キング」は、遺産相続を狙う兄弟が、明朝のチェス・セットの欠けた駒を求めているのにつけ込んで、この駒をオークションにかけて価格をつり上げようとした男の話。
 「ソロモンの知恵」は、叔母から相続した資産目当ての美女と結婚したが、やがて離婚を切り出され、気力が萎えて財産を持って行かれるのを容認してしまった話。
 「この意味、わかるだろう」は、麻薬の運搬屋の男が懲りずに何度も投獄され、やがて引退した後、その妻が会社を大きくしたという話。
 「慈善は家庭に始まる」は、イベント会社の会計処理を担当している男が、イベント会社の女社長と共謀して、売り上げの一部を賭博でマネーロンダリングするが、やがて見つかってしまう話。男は出所後行方が分からなくなるが、マジョルカ島では高級住宅地に暮らす夫婦がいった。
 「アリバイ」は、投獄中に女を取られた男が、刑務官の目を盗んで刑務所を抜け出し女と浮気相手を殺害し、再び刑務所に戻ってきたという話。この男は結局殺人の罪ではとがめられなかったが、刑期を際限なく延長されてしまう。
 「あるギリシア悲劇」は、サルベージ会社を親から引き継いだ男の姪の結婚式で、地元の英雄が誤って参加者の銃弾を受けて死亡するという話。
 「警察長官」は、警察長官が、刑務所から出てきた人間の雇用拡大を訴え、自ら一人の男を雇用するが、その男が警察内部の情報を基に恐喝を働くという話。長官はこの男を死体収容の仕事に“昇進”させる。
 「あばたもエクボ」は、サッカーの英雄選手が大富豪の一人娘を結婚したが、その娘は大巨漢だった。やがてその娘が死亡した後、別の女と結婚するが、その女もやはり巨漢だった、という話。


 いくつかの短編が光っていました。特に「ザ・レッド・キング」は秀逸です。明朝のチェスセットは世界でもいくつかしか存在せず、セットがそろえば非常に価値が高かった。一つの駒が欠けているチェスセットの残りの駒を手に入れた方がセットごと相続できるという条件の下、兄と弟は残りの一駒を何としても手に入れたかったわけですが、その状況につけ込もうとした男が、ある博物館から残りの一駒を本物そっくりの偽物とすり替えて奪い、それをオークションに出し、代理人として自らが高値で競り落とし、金をだまし取ろうとしたという話です。出品者と落札者が同一ということで罪に問われたのですが、彼は肝心の窃盗罪には問われず、身に覚えのない容疑で起訴されたと主張します。相続を狙う兄弟は相変わらず投獄中の男に面会しに来ているという結末が何ともお茶目です。

 意味を考えさせられる作品もいくつかありますが、どれも狐につままれたような感じが残るのが逆に心地よさをもたらしてくれます。

 ジェフリー・アーチャーといえば、スリリングな長編が有名ですが、この短編集も短編の醍醐味を存分に堪能できる作品です。