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映画、書評、ジャズなど

トレヴェニアン「シブミ」

シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

シブミ〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

シブミ〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

 ミュンヘン事件で殺害された選手たちの報復にまつわる攻防を描いた壮大な作品です。日本固有の「侘び」「寂び」の感性を包含した「渋み」にちなんでタイトルが付けられています。

 ミュンヘンオリンピックで、パレスチナのゲリラ集団<黒い九月>がイスラエルの選手たちを殺害した。殺害された選手の1人の父親であるアサ・スターンは<ミュンヘン・ファイヴ>を組織し、<黒い九月>メンバーの暗殺を企てる。アラブの石油利権を支配する<マザー・カンパニー>は、CIAをも配下に収める組織であるが、その<マザー・カンパニー>は<ミュンヘン・ファイヴ>の暗殺計画の情報を入手し、その実行前にローマ国際空港でメンバーを殺害した。その際、多くの民間人も巻き込まれ犠牲となった。

 このローマ国際空港での襲撃の際、<ミュンヘン・ファイヴ>の一人のメンバーが難を逃れた。それはアサ・スターンの姪のハンナ・スターンだった。ハンナ・スターンが向かったのは、スペイン・バスク地方に居を構える暗殺者ニコライ・ヘルだった。

 ニコライ・ヘルは戦前の上海で、ロシア人の母親とプロシアの伯爵との間に生まれた。そして上海にやってきた日本軍の岸川将軍がニコライの家に住み込むようになる。やがてニコライの母親が亡くなり、戦争が激しくなっていくと、岸川はニコライを日本の知人であり碁の師匠である大竹七段の元に送ることにする。岸川は大竹のことを<渋み>のある人物と評する。岸川は渋みの意味するところについて、次のように述べます。

「シブミという言葉は、ごくありふれた外見の裏にひそむきわめて洗練されたものを示している。この上なく的確であるが故に目立つ必要がなく、激しく心に迫るが故に美しくある必要はなく、あくまで真実であるが故に現実のものである必要がないことなのだ。シブミは、知識というよりはむしろ理解をさす。雄弁なる沈黙。人の態度の場合には、はにかみを伴わない慎み深さ。シブミの精神が<寂>の形をとる芸術においては、風雅な素朴さ、明確、整然とした簡潔さをいう。シブミが<侘>として捉えられる哲学においては、消極性を伴わない静かな精神状態、生成の苦悩を伴わない存在だ。そして、人の性格の場合には・・・なんといったらいいか?支配力を伴わない権威、とでもいうのかな?なにかそのようなものだ」

 ニコライの想像力はこの<シブミ>の概念に強烈な刺激を受けます。

 ニコライは日本の大竹の家で碁の教えを受けながら過ごす。戦争で日本はますます不利な状況に追い込まれていく。大竹はやがて亡くなり、ニコライは大竹家を離れ、混乱の中で漂流生活を送るようになる。やがて占領軍での仕事を得るが、私生活では行きずりに出会った人たちと共同生活を送るようになる。

 ニコライは岸川の消息を探したところ、岸川が逮捕され戦犯裁判にかけられることになっていることを知る。ニコライは岸川に面会し、岸川の心境を読み取り、面会中に看守の目をすり抜けて岸川を殺害するに至る。
 
 ニコライは占領軍の米兵から激しい尋問を受ける。しかし、語学に堪能なニコライはやがてCIAから注目され、CIAのミッションを引き受けることを条件に自由を手にする。その際ニコライは、自分を尋問した人物たちの所在地を教えることを交換条件とした。これらの人物たちはやがて次々と命を落とす。

 様々な暗殺を実行してきたニコライは、やがてバスク地方に居を構えるようになる。そこに、<ミュンヘン・ファイヴ>メンバーの一人でローマ国際空港での襲撃を逃れたハンナ・スターンが訪ねてきた。ニコライはアサ・スターンに恩義を感じているため、ハンナの企てに協力してくれると期待したのだった。ニコライはバスクの地で仲間と巨大な洞窟の探検を楽しんでいた。

 しかし、<マザー・カンパニー>はハンナ・スターンが襲撃を逃れてバスク地方に向かったことを突き止めていた。<マザー・カンパニー>の幹部ダイアモンドはニコライを訪ね、ニコライの財産没収を取り下げることと引き換えに、<ミュンヘン・ファイヴ>に加担しないことを要求した。ダイアモンドはかつてニコライを尋問した米兵の弟でもあった。兄がその後ニコライの手で殺害されたことをダイアモンドは個人的な恨みとして心に抱いていた。

 ダイアモンドからの要求により、ハンナの企てへの協力に躊躇していたニコライだったが、山小屋に匿っていたハンナが何者かに殺害されたことを聞くと、ハンナの意志を継ぎ、<黒い九月>のメンバーたちを飛行機の中で殺害した。

 <マザー・カンパニー>はその報復として、洞窟で探検中のニコライを閉じこめた上で、ニコライの館を破壊した。

 ニコライは、ハンナの居場所を告げた神父を殺害し、ニューヨークで<マザー・カンパニー>のトップと面会し、秘密情報を材料にダイアモンドをはめてバスクに連れ出すようし向けることを了承させた。

 ニコライはバスクにやってきたダイアモンドを殺害する・・・。


 トレヴェニアンは長年その正体を隠していた覆面作家でしたが、その正体は2005年に亡くなったロドニー・ウィリアムズ・ウィテカー博士です。長年バスク地方に居を構えていたようです。

 この作品は日本人固有の感性である<渋み>をその柱に据えたものですが、この<渋み>に対する理解が非常に的確であることにまず驚かされます。

 そして、戦後の日本が置かれた状況を非常に良く把握、理解して書かれており、それがニコライ・ヘルのキャラクター設定に非常に良く反映されています。

 また、逆に、アメリカ社会に対する批判的なまなざしが印象的です。例えば、岸川将軍に次のような発言があります。

「わずか数十年の薄っぺらな紙細工のような文化しかないアメリカ人の野蛮性をわれわれが非難することができるわけがないではないか、千年の純血と伝統を有するわれわれ自身が同情心も人間性もない野獣と化しているのに?なんといっても、アメリカには、ヨーロッパでまともな生活ができなかった滓のような人間が住んでいるのだ。その点を考えて、彼らを無邪気な存在と見るべきだ。」

 日本人の登場人物の発言としてではありますが、ここまでアメリカを辛辣に表現していることには少々驚かされます。

 この小説の魅力は明らかにニコライ・ヘルの人格形成過程にあります。日本人の血が流れていないのに戦後の混乱した日本社会に放り込まれた孤独、日本で学んだ碁の論理、洞窟の中で孤独なスリルと向き合うケーヴィング、これらがニコライ・ヘルの<シブミ>の形成に寄与していることが鮮やかに表現されています。

 一つのストーリーの中に第二次世界大戦パレスチナイスラエルの対立、CIAの利権活動等々、いくつもの政治イシューが織り込まれており、あたかも一つの壮大な芸術作品のような展開を見せるところは、やはりすごい作品だと思います。