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映画、書評、ジャズなど

清水徹「ヴァレリー―知性と感性の相剋」

ヴァレリー――知性と感性の相剋 (岩波新書)

ヴァレリー――知性と感性の相剋 (岩波新書)

 ポール・ヴァレリーといえば、

「我々文明なるものは、今や、すべて滅びる運命にあることを知っている。」

という句で始まる『精神の危機』で、第一次世界大戦後のヨーロッパにおける精神の危機を唱えたことで有名な人物です。
 ヴァレリーは一般的に《知性の人》というレッテルが貼られているわけですが、著者はヴァレリーが同時に《感性の人》でもあり、たえず感性の波瀾に悩まされていたことが見落とされているとして、それが本書執筆の動機となっています。

「ヴァレリーにおいて注目すべきは、感性の波瀾のなかから、あるいはそれに抗して、彼の知性が作品を産みだし、そのことによって感性の危機を乗り越えてきた一連の姿なのである。」

という著者の文章に、本書のエッセンスが凝縮されています。とにかく、ヴァレリーは生涯にわたって数多くの恋愛をしてきたのです。

 最初の恋の対象はロヴィラ夫人でした。ヴァレリーは17歳のときに、20歳ほども年上の夫人に対して恋をしたのです。しかしヴァレリーは声をかけることもできず、せっかく書いた恋文も出すことができずに抽斗の中にしまってしまいます。

 しかしながら、ヴァレリーはイタリア・ジェノヴァでの嵐の夜に、一種のクー・デタを敢行します。この一夜を境に、ヴァレリーは大きく変化します。すなわち、《感性の人》から《知性の人》へと変化するのです。ヴァレリーは

「あらゆるもの、あらゆる与件、感覚、感情、持続や観念のあいだに、数量関係と同じようなある種の関係が存在するにちがいない。」

と考えるようになります。

 その後、ヴァレリーバチルド・モンシミエというサーカスの女騎士と知り合い、肉体関係を持つようになりますが、彼の頭脳は女性の肉体とは無関係に働くようになっていたのです。

 また、いわゆる《ジェノヴァの夜》の後、ヴァレリーは毎日朝早くに起き、手記を書き留めることを開始します。これが《カイエ》と呼ばれる膨大な量の手記として残されることになります。

 その後、ヴァレリーは、すべてが可能だけれど、しかし積極的にはなにもせず、目立たぬカブやとして市井でひっそりと暮らしている「ムシュー・テスト」という人物を小説にします。この小説を書くことの意味について、著者は次のように述べています。

「九二年の《知的クー・デタ》のあと、ヴァレリーは、ロヴィラ夫人による《感性》の惑乱を、さながらみずからの身に《クー・デタ》を敢行するようにして抑えつけ、以後《知性のひと》として生きていこうと志した青春の危機を、ムシュー・テストというある種の理想像的な人物を造型することによって、具体的に乗り越えたとも言える。」

 やがてヴァレリーは、尊敬する詩人マラルメの紹介でジャニー・ピヤールと結婚します。そして、家のすぐ近くに住む通信会社会長の私設秘書という職業を得ることになります。ヴァレリーは毎日、株の注文や世界情勢の調査を行いつつ、《カイエ》の営みを続けたのです。

 ヴァレリーはこうして表向きの執筆をやめ、専ら《カイエ》において思索を行う日々を過ごすのですが、『若きパルク』という作品を書くことで一躍時の人になります。これ以降、ヴァレリーの中に再び詩作の泉がほとばしり始めたのです。

 社交界の婦人たちはこぞってヴァレリーを招こうとするようになります。そして、ある食事の席でカトリーヌ・ポッジと出会います。二人はまもなく激しい恋愛関係に入っていきます。しかし、二人の関係はやがて溝が生じるようになります。

 このカトリーヌとの出会いと別れを経て、ヴァレリーは再び人が変わったように幾人かの女性たちと恋愛関係を持つようになります。

 ヴァレリーの胸像を彫った女流彫刻家のルネ・ヴォーティエに対する恋愛感情は報われませんでしたが、ヴァレリーの研究を進めたエミリー・ヌーレとの恋愛は成就します。ヌーレはその後、立派なヴァレリー論を書きあげます。

 ヴァレリーの最後の愛人となったのは、30歳年下のジャンヌ・ロヴィトンでした。ジャンヌはヴァレリー以外にも複数の男性と深い仲にありました。毎日曜日にジャンヌの邸宅に赴き、愛に耽っていたヴァレリーでしたが、そんな中、ヴァレリーは数多くの恋愛詩を残します。

 しかし、恋愛の終焉は突如として訪れます。いつものように日曜日に邸宅を尋ねたヴァレリーに対し、ジャンヌは他の男性との結婚を告げます。失意のどん底の中、ヴァレリーはジャンヌの邸宅を後にします。

 ヴァレリーは、未完の散文詩『天使』の書き直しに着手し、再び感性の波瀾に抗して、知性の力を強調しますが、その中で、ヴァレリーは、《知性のひと》が敗北を認め、《心情》の勝利を確認することになります。

 こうして知性と感性の交錯と相剋のうちに、ヴァレリーは1945年にこの世を去ります。。。


 以上が、本書のあらすじです。仏の知性と言われたヴァレリーの人間性が非常に生き生きと浮かび上がっています。

 ヴァレリーのように、詩作と評論の同時をこなせるような人物というのは、近年、大変珍しくなったように思います。つまり、真の知性が喪失しているのが、ポストモダン以降の様相のような気がするのです。

 評論というのは、文学的表現も含めた人間性からほとばしるものであり、だからこそ、迫真に迫る凄みがあったと思うのです。しかしながら、最近は、全人格をかけて論じる知識人がほとんど見られなくなり、だから論壇もつまらなくなっているように思います。

 こうした知性が失われている背景には、そうした生き方を許容しない社会があるのかもしれません。ヴァレリーのような破天荒な恋愛は、当時だから許されたものの、今の社会ではおそらくなかなか許容されないでしょう。

 先の見えにくい社会だからこそ、ヴァレリーのような知識人が本当に必要とされているのかもしれません。現代社会はもっと知性に寛容な社会であってもよいのかもしれません。