映画、書評、ジャズなど

梶山恵司「日本林業はよみがえる」

日本林業はよみがえる―森林再生のビジネスモデルを描く

日本林業はよみがえる―森林再生のビジネスモデルを描く

 日本の林業が苦境に立たされていることは多くの方が何となく認識しているものの、どういう問題が生じているかについては、実はあまり正確に理解されていないような気がします。私も、日本の林業は途上国との間の木材の価格競争において苦境に立たされているから売れないのではないか、といった漠然としたイメージを持っていたのですが、本書を読んでみて、そうしたイメージは正しくなく、実はもっと深い問題が横たわっているということが分かりました。

 著者は、

林業は先進国型産業である。」

と述べています。つまり、林業には高度なマネジメント、専門知識等が要求されるということです。そして、輸送にコストがかかる木材は輸送距離が価格競争力を左右しているから、消費地に近い方が有利なのです。

 ではなぜ日本の林業は苦境に立たされているのでしょうか。

 戦後の拡大造林の成果が顕著に現れている今日、間伐による手入れを進めることが必要不可欠な状況となっています。かつては皆伐して造林するというやり方が可能でしたが、今は造林をするほどのエネルギーを期待することは困難です。だから、適正な間伐によって森林を保全することが必要となるのですが、こうした森林管理は我が国では初めての経験となるわけです。

 ところが間伐の方法は我が国ではルール化されておらず、しかも、路網が整備されていないので、適正な森林管理が行われていないのが実態です。だから木を切り出すこともできず、せっかく木を切ったとしてもその場で放置されてしまっているわけです。

 また、林業の収支面から見ても、従来のような短期の皆伐では採算が取れなくなっているのが現状であることから、これからの森づくりは間伐によって収穫を繰り返していく長伐期施業であると著者は述べています。伐期を伸ばして木を太らせれば、それだけ木は高く売れることにもつながります。

 こうした新しい時代の森林理を進める上で、著者は森林組合の再生に大いに期待しています。著者は京都府日吉町森林組合を例に挙げ、サプライチェーン・マネジメントの重要性を説いています。従来、切り出された木材は原木市場に輸送され、そこで競りにかけられ取引される形態が取られていましたが、日吉町の組合では地元の輸送会社と専属契約して輸送コストを抑えつつ、売り先についても、直接需要先と価格交渉を行い、通常より高い価格で木材を販売することに成功しているとのことです。原木市場による取引は一見公平に見えるものの、実は山側に不利になる仕組みなのです。

 林業機械にも問題があります。日本の林業機械は建設機械をベースマシンとして使っているため、そもそも林業機械として使うことに無理が生じていると著者は述べています。

 さらに、予算制度にも問題があると著者は指摘しています。例えば、補助金の一部が森林組合の経営に充てられており、森林組合の会計処理が不透明になる温床となっているとのことで、こうした予算の在り方が、日本の林業の高コスト体質を招いたというわけです。

 欧州では進んでいる製材工場の大規模化が日本では進んでいないことも、日本の林業の高コスト化を招いているという面もあるようです。


 つまり、日本の森林は間伐によって木を切り出すことが森林管理上必要不可欠であり、しかも木材の需要があるにもかかわらず、それができないところに、大きな問題があるのです。

 これからの日本の林業は、施業の集約化や路網整備を進めることで、間伐を勧めやすい環境を整えるとともに、森林組合を中心に流通コスト削減などのサプライチェーン・マネジメントを進め、製材工場の大規模化を図ることによって、高コスト体質を改善していくことが必要だということになるでしょう。

 本書の指摘の中で一番ハッとしたのは、林業が先進国型産業であるという指摘です。林業というと、何となくのこぎりで木を切るだけの作業のような印象を受けてしまうのですが、欧州の例を見ると、実に科学的な管理が行われており、学問的にもしっかりとした体制が整備され、人材の育成が進められているのに対して、日本では林業が学問的にもおろそかになっており、森林の管理も非科学的に行われているわけです。

 森林というのは、木を切らずにほっとけば生き続けられるわけではなく、間伐を行うことでむしろ木を切り出すことで、持続可能となるのです。適正な管理の下で切り出された木を積極的に使っていくことが、森林の再生や林業の活性化につながるということを教えられた貴重な一冊でした。