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ポール・オースター「ムーン・パレス」

ムーン・パレス (新潮文庫)

ムーン・パレス (新潮文庫)

 ポール・オースターによる1989年の作品です。柴田元幸氏の大変読みやすい翻訳です。

 父親を知らず母親を早くに亡くした主人公マーコ・フォッグは、幼少時代を叔父のビクター・フォッグと共に過ごした。マーコはコロンビア大学に進学するためにニューヨークにやってきたが、やがて資金が底をつき、旧友の元アパートに金を無心するために足を運んだのをきっかけに、中国系の女の子キティと出会い、互いに惹かれ合う。
 マーコは家賃を払う金も底をつき、浮浪生活を送るようになる。旧友とキティの捜索により、マーコは芝生に大の字になっているところを発見された。
 その後、マーコは求人広告を手がかりに、エフィングという厄介な老人の介護に従事するようになる。エフィングはマーコに対して、自らの死亡広告を執筆するように命じ、自分の生涯の物語を書き留めさせた。エフィングによれば、彼はかつてジュリアン・バーバーと名乗る画家であった。結婚もしたが、妻を置いて、仲間一人と共にアメリカ西部の旅に出た。途中仲間が事故死した後、彼は崖のてっぺんの洞穴を見つけ、そこにしばらく住み着く。そこは列車強盗の犯人が隠匿していた場所で、彼はやがて現れた男たちを撃ち殺し、大金を手にすることになる。その後エフィングは名前を変えて今日まで過ごしてきたのだった。
 エフィングには息子のソロモン・バーバーがいたのだが、ソロモンは父親は死亡したと思っていた。エフィングの死後、マーコは遺言どおりソロモン・バーバーに連絡を取った。マーコはキティとともにソロモン・バーバーと会った。そして分かったことは、ソロモン・バーバーはマーコの母親の教官だったことだった。さらに驚愕の事実が判明する。ソロモン・バーバーはマーコの父親だったのだ。ソロモン・バーバーはマーコの母親と親密な関係になったことを理由として大学を追われて、その後マーコの母親とは会えなかったのであるが、その数ヶ月後に生まれたのがマーコだったのだ。
 母親のお墓でソロモンの告白を聴いたマーコは動揺し、ソロモンに対して怒りを爆発させた。ソロモンは掘ったばかりの別の墓穴に転落し、その後命を落とした。
 マーコは一人で、エフィングがかつてとどまったという洞穴を探しに出かけたが、途中で車を盗まれてしまった。マーコは大陸の果てを歩きながら、新たな人生が始まるのを感じた。。。


 標題「ムーン・パレス」というのは、ニューヨークの中華料理屋の名称ですが、この物語の中には月がシンボリックに登場します。人類の月面着陸、ブルックリン美術館の絵画「月光」、ソロモン・バーバーの書いた物語に出てくる月から来た『人間』の話などなど。
 ムーン・パレスでのクッキー占いで書いてあった

「太陽は過去であり、地球は現在であり、月は未来である。」

というフレーズ。これはエフィングにとって重要人物であったテスラの自叙伝の中にも登場します。

 マーコ・フォッグの出生の秘密が、月というシンボルでうっすらとつながっているところが、この物語の魅力と言えるでしょう。

 どこか虚無感、脱力感とでもいうべき感情とともに、これから未来に向かって再スタートしていく希望感が混在したような不思議な読後感が残る物語です。