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ボリス・ヴィアン「うたたかの日々」

うたかたの日々 (ハヤカワepi文庫)

うたかたの日々 (ハヤカワepi文庫)

 作家であるとともにジャズ・トランペッター、ジャズ評論家としても有名なボリス・ヴィアンの代表作です。レーモン・クノーに同時代の恋愛小説でもっとも悲痛な小説と言わしめた作品です。

 裕福なコランと、貧しくある哲学者に心酔しているシックは友人同士。コランは美人クロエと結婚するが、やがてクロエは肺に睡蓮が取り憑いてしまう。シックはアリーズと恋に落ちるがお金がないので、コランから資金支援を受けるが、シックはその金を心酔する哲学者につぎ込んでしまう。アリーズは結局この哲学者を殺害し、自らも火の中で命を落とす。クロエも回復することなく、亡くなってしまう。。。


 この小説は実に奇妙な描写が随所に見られます。冒頭の以下のフレーズは有名です。

「二つのことがあるだけだ。それは、きれいな女の子と恋愛だ。それとニューオーリンズデューク・エリントンの音楽だ。その他のものはみんな消えちまえばいい。なぜって、その他のものはみんな醜いからだ。」

 エリントンは、コランが最初にクロエに出会う場面にも出て来ます。コランにこんにちはと挨拶するクロエに対して、コランは、

「こんにちは……君、デューク・エリントンにアレンジされたんじゃないの」

と尋ねたとたんに、ばかなことを言ったと思い逃げ出してしまいます。

 このほかにも、ピアノで奏でる音楽に合わせたカクテルができるピアノカクテルという奇妙な機械が登場したり、クロエが病気だと聞いたコランが、もたもたしていたスケート場のボーイの首を切り落としたり、寝込んでいるクロエに向かっていた太陽光線をコランがつねってねじ曲げてしまったり、炎の中でアリーズのブロンドの髪の毛が炎よりも明るく輝いている場面など、現実にはあり得ない描写があちこちに出て来ます。クロエが死んだ後、コランがイエスキリストと会話する場面も、シニカルでパンチの効いた描写です。こうした激しくシニカルな描写が、この作品全体のアンニュイな雰囲気を形成しており、2つの恋愛の終焉の悲しみが強調されています。

 最後、コランは不幸のある一日前に関係のある人たちのリストを受け取り、その人たちに不幸を知らせに行く仕事に就きますが、そのリストの中でクロエが明日死ぬことを知ることになります。何と悲しい恋の終末でしょうか!

 ボリス・ヴィアンは39歳の若さで亡くなりますが、ヴィアンは自分の死期の早さを予感していたのではないかという気すらしてしまう悲しい物語なのです。