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ラッタウット・ラープチャルーンサップ「観光」

観光 (ハヤカワepi文庫)

観光 (ハヤカワepi文庫)

 シカゴ生まれのタイ育ちという若い作家による、タイを舞台にした短篇集で、つい最近文庫化されています。いずれの短篇も「アジア的情景」ともいうべきシーンが鮮明に脳裏に焼き付けられる、力強い作品ばかりです。

 最初の短篇「ガイジン」は、アメリカ兵の父親とタイ人の母親を持つ少年の物語で、少年が外国人女性と親密にしているのを、自分の過去の経験に照らしながら不快な思いで見ている母親の姿が印象的な作品です。「クリント・イーストウッド」と名づけられた仔豚がインパクトを添えています。

 「カフェ・ラブリーで」は、兄と一緒に大人のクラブに行き、シンナー遊びや女遊びをする兄の姿を目の当たりにする弟の視線で描かれた作品。

 「徴兵の日」は、友人と2人で徴兵のくじ引きに行く主人公の話で、自分は有力者に賄賂を送っているために必ずセーフになることを知りながらそのことを友人に言えず、他方友人は徴兵に当たってしまうという内容です。

 「観光」は、もう間もなく失明してしまう母親を連れて旅に出ている息子の視線で描かれた作品。

 「プリシラ」は、歯が金歯で覆われ、難民スラムに住むカンボジア人の少女プリシラの話。主人公の少年たちはプリシラの家に向かって石を投げたりしていたが、やがてプリシラの母娘と次第にうち解けていく。他方、少年の父親たちは難民スラムに火を着け、カンボジア人難民たちを追い出してしまう。去り際にプリシラは自分の金歯を少年に渡す。

 「こんなところで死にたくない」は、妻を亡くし、タイ人と結婚した息子と暮らすためタイにやってきた父親の話。息子のタイ人の妻との関係がどうもしっくりいかない。

 「闘鶏士」は、町の荒くれ者と闘鶏で壮絶に戦い、身も体もぼろぼろになってしまった父親の姿を見つめる娘の視線で描かれた作品。母娘の反対を押し切り闘鶏にのめり込む父親であったが、最後は落とし前で耳まで削がれ、再び落ち着いた家族関係が取り戻されたという話です。


 どの作品も、キャラクターの設定がしっかりしており、読む側に強烈な印象を残します。また、登場人物の繊細な心理の動きも巧妙に描かれています。

 特に感心したのは「徴兵の日」で、自分だけが徴兵から逃れられることを知りながら、それを友人やその母親に切り出せず、やがて自分が特例扱いを受けていることが友人やその母親に気づかれてしまい、大変な罪悪感を抱く少年の心理がよく描かれています。

 「観光」は、失明目前の母親を登場させることで、かえって情景が鮮やかに浮き立っている作品です。夜明け前に潮の引いた海の沖合に向かって母親がランプを持って歩いていき、次第に夜が明けていく光景が印象的です。

 著者のラープチャルーンサップはアメリカ生まれタイ育ちで、アメリカでも大学の学位を取得し、イギリスでも執筆活動を行っているという、世界を移動する若手作家です。

 これらの短篇で描かれた登場人物の心理は、アジア的でありつつも、地域を越えた共感を得られるものばかりです。こうしたの力強い短篇を書くことが出来るのは、こうした世界を股にかけた日々を送ってきたことによるものなのかもしれません。

 久々に新鮮な衝撃を受けた外国人作家による短篇でした。