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「トウキョウソナタ」★★★★☆

トウキョウソナタ [DVD]

トウキョウソナタ [DVD]

 黒沢清監督による2008年の作品です。リストラに遭ったサラリーマンの家族がそれぞれ紆余曲折を経ながら自分を取り戻していく過程を描いた作品です。リストラによってとことん転落していってしまうという現代日本社会が抱える社会問題を取り上げ、それを巧みな心理描写とともに映像化しています。誤解を恐れずに言えば、日本版『アメリカン・ビューティー』といった感じでしょうか。

 中堅企業の総務課長として働いていた竜平(香川照之)はある日突然リストラに遭う。竜平は失業したことを家族に言うことができず、途方に暮れながらハローワークで就職活動を行うが、なかなか就職はうまくいかない。
 妻の恵(小泉今日子)は竜平が昼間に食事の配給に並んでいるところを偶然目撃し、失業していることを知るが、竜平にはそのことを黙っている。
 大学生の長男の貴(小柳友)はある日突然、米軍への入隊を志願し、父親の竜平の反対を押し切って渡米する。
 次男の健二(井之脇海)は、小学校の先生との関係がうまくいかなかったが、ある日両親に内緒で給食費を月謝にしてピアノ教室にこっそり入り、思わぬ才能を発揮する。ピアノ教師から音楽学校への入学を進められるが親に言えず悩んでいるが、ピアノの先生が親に手紙を出したことから、両親にピアノ教室に通っていたことがばれてしまう。
 父親の竜平は結局ショッピングモールの清掃員に職を得る。トイレの清掃中にたまたま遺失物の大金を見つけ、それを持って逃げようとするが、途中で車にはねられ意識を失う。母親の恵は自宅で強盗に襲われ、車で連れ回された挙げ句に海岸の空き家にたどり着く。健二はピアノ教室の件で父親から叱責されたことから家出を試みてバスに無賃乗車しようとして捕まるがまもなく釈放される。健二が家に戻るとそこは誰もいなかった。そこに母親の恵が戻り淡々と食事を作り始める。やがて父親の竜平も戻り、再び新たな生活が淡々と始まる。渡米した貴からも、米国の正義がすべてではないことを悟ったとの手紙が届く。

 健二は音楽学校を受験し、見事な月光の演奏を披露した。。。


 この作品では父親の弱さと母親の強さが際だって強調されているように思います。
 父親はリストラされた後ひたすら途方に暮れ、それを家族に言えない中で、家庭の中での父親の権威を保つために必死になります。しかし、母親は父親が失業中であることを知っているわけです。長男が米軍への入隊を志願した際も、日本はアメリカに守られているのだから米軍で戦うことは日本のためになるという主張を展開する長男に父親はうまく反論することができません。戦後日本社会では米軍の庇護の下で父性の権威が失墜したという論法が鮮やかに表現されています。

 他方、母親は父親のリストラを知りながら気丈に家庭を支えていきます。強盗に襲われながらも、家に戻ると淡々と普段の生活を建て直していく姿は、リストラにうろたえる男たちと極めて対照的です。

 終戦直後の日本社会では、男たちよりも女たちの方が立ち直りが早かったように見受けられます。男たちは国を背負って戦場で戦ったわけですが、いざ傷ついて故郷に戻ってみると、社会は大きく一変してしまっており、どこか居場所がない生活を送ることになります。米軍占領の下、命がけで米国と戦った戦争の大義が否定され、男たちが戸惑っている傍らで、女たちは米兵と肩を組んで歩いている光景が見られたわけです。

 この作品で描かれている父親と母親も、こうした戦後日本社会の対比をそのまま投影しているかのような感じを受けます。

 前半の重苦しさも、エンディングのすがすがしさによって救われ、何とも後味の良い作品でした。