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映画、書評、ジャズなど

権威が揺らぐ2つの巨大権力

 今、2つの巨大権力の「権威」が揺らいでいます。一つは検察、もう一つは中国共産党です。

 まずは検察についてですが、検察の証拠偽造問題はきわめて深刻な問題であることはいうまでもありません。証拠を一手に握る検察が証拠に改竄を加えるという行為は、裁判での証拠の能力自体が疑われることにつながりかねません。

 見逃してはならないもう一つ重要な要素は、検察の持つ権力の基盤は案外脆いという点です。検察と政治との間の関係が常に緊張関係にあります。仮に検察に対して世論の逆風が吹けば、政治家が絡んだ案件の立件は難しくなりますし、世論の逆風を背景として政治が検察権力に介入してくることもありえます。だから、検察が想像以上に世論に敏感であることはごく自然なことであり、検察の巨大権力の基盤がいかに脆いものであるかを象徴しているわけです。

 今回の件で検察首脳が異例のスピードで逮捕に踏み切ったのは、そうした危機感に基づくものといえます。ここで世論の強烈な逆風が吹けば、今後、政治の検察権力への介入につながるのではないかと検察首脳が考えたとしても不思議ではありません。

 検察の権威が失われれば、裁判の遂行にも支障が出るでしょう。特に検察の提出する証拠に関していちいち裁判所から疑義が呈されれば、業務の遂行に差支えが生じることでしょう。


 検察と同様、案外脆い基盤の上に成り立っているのが中国共産党です。

 海上保安庁による漁船船長逮捕に端を発した今回の日中間の問題は、これまでの日中両国の間で経験された数々の危機以上に深刻のように見受けられます。戦争状況でもないのに、一国の大使を真夜中にしかも国務委員が呼びつけるということ自体、中国の対応はとても冷静とは思えません。

 さらに大きな問題は、中国が政治問題を純粋な経済・文化交流にまで及ぼそうとしている点です。中国政府の観光当局は、旅行業界関係者に対して、訪日旅行の募集や宣伝を自粛するよう要請したとの報道もありますが、こうした草の根レベルの交流は政治問題とは切り離して進めていくべきです。多くの中国人の本音としては、政治問題がどうであれ、これまでどおり日本との交流を継続していきたいと思っているはずで、経済・文化交流は政治問題を武力紛争に持っていかないようにするための重要な緩衝材としての役割を果たしているのです。にもかかわらず今回、中国政府が一般の人々まで巻き込んで政治問題をプレイアップしていこうという中国の姿勢は大変危険なものです。スマップの上海公演も延期となったようですが、中国国内の不穏な空気の中で関係者の安全が保証できない以上仕方ない判断でしょう

 私が思うに、中国政府は今、深刻な権威問題に直面しているのだと思います。それは、中国共産党一党独裁という正統性をどのように維持するかという問題です。

 世界の主要国においては、選挙によって国民に選ばれたという構図の下で、政権の正統性が担保されていますが、中国はいまだ一党独裁制がしかれています。選挙によって選ばれた政権が必ずしも良い政治をするわけではもちろんありませんし、賢人による独裁制が理想的だというプラトン以来の主張もあるわけですが、いずれにしても選挙以上に権力の正統性の根拠となるような仕組みは人類の歴史において考えられたことはありません。

 そうした中で政権の権威や正統性を維持するということは、想像以上に大変なことです。壮大なフィクションが必要となります。北朝鮮金正日が権力を維持するために自らを美化するストーリーを強調しなければならないのと同様、中国共産党も自らを美化するストーリーが必要です。その一つが、中国共産党の歴史にあります。それは、「抗日」を通じて中国を独立に導いたという歴史です。

 他方、胡錦濤主席のような比較的若い世代の指導者にとっては、自分たちが「抗日」戦線を戦ってきたわけではありませんので、その権威を維持することは相当な困難が伴うことは容易に想像できるでしょう。最近は多くの中国国民はインターネットを通じて国際情勢に接することができますから、他の国々おいては選挙によって政権が選択されていることや、中国だけが突出して情報統制がしかれていることなどの情報は容易に得ることができるわけです。

 中国は、今回の尖閣諸島の件も、権威の高揚に利用したいという思惑があって、日本に対して強硬な態度に出たのかもしれません。しかし、中国当局は、人民の熱狂が容易に自らの政権に向かってくることをよく承知しています。だから、おそらくは中国も船長の拘留がこれほどまで長引くとは想像していなかったのかもしれません。すぐに船長は解放されると予想し、それを中国共産党の成果としてPRしたかったのかもしれませんが、これだけ問題が長引き大きくなることは、中国共産党政権にとっては明らかなリスクです。国民の鬱憤を抑えていかないと、そのエネルギーが政権打倒につながるかもしれませんし、逆にここで批判の手を緩めれば、明らかに政権批判につながっていくことでしょう

 中国共産党政権は、今、前に出ても後ろに戻っても地獄、という状況に陥りつつあるのです。

 日本の立場に立つと、尖閣諸島の領有権は明らかに日本に帰属しますので、本件は国内法に則って粛々と対応していくしか方法はありません。ただ、戦争というのは案外ちょっとして現場の衝突から起こってしまうものですので、これだけ政治がこじれている状況にあっては、特に慎重な対応が必要でしょう。一旦衝突が起これば、中国共産党政権は自らの権力基盤を守るためにどこまでも前に突き進むしか方法がないのです。

 月並みですが、挑発に乗らず毅然と冷静に対応し続けることが日本のとるべき最善の道としか言い様がありません。


 検察と中国共産党という全く異なる2つの権力ですが、その基盤の脆さは意外と共通しているのです。