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堤未果「ルポ 貧困大国アメリカ」

ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)

ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)

 今後の日本の社会の進むべき方向性を考える上で、本書は必読の書かもしれません。アメリカの中間層が崩壊し貧困層が拡大する一方、貧困層が巨大企業によって市場原理の中で食い物にされている実態が、説得力のある筆致で描かれています。

 本書で取り上げられている事例は多岐にわたり、肥満の原因が貧困であるとか、カトリーナによるニューオリンズの被害がFEMAの合理化によるものであるといったことが取り上げられています。

 ただ、やはり本書の骨格を形づくっているのは、高い医療費によって貧困層に転落する中間層の実態と、貧困層の若者を食い物にしている軍事産業の実態を描いている点です。

 公的医療が縮小されてきた米国では、医療費が驚くべきまで高騰していると言います。例えば盲腸の手術について見てみると、日本では国民健康保険に加入している場合自己負担額はせいぜい8万円程度ですが、米国では100万円を越える請求がなされるとのこと。一旦病気になったことにより医療費が払えず自己破産するというケースが数多く起こっているのだそうです。そして、医療を支配している保険会社の存在は重要です。地域で独占的に営業している保険会社の場合は保険料のつり上げも可能で、時には支払いさえ渋ると言います。さらに保険会社は、各医療機関の評価を行い、コスト削減をしない病院に対しては認定を取り消し、患者に紹介しないのだそうで、そうして医療業界全体を保険会社が支配する構図が確立しているのです。病院を経営する株式会社はコストや利益の観点からのみ経営を行い、正に医療現場を市場原理が支配するようになっているのです。

 さらに衝撃的なのは、貧しい学生らにつけ込んだ軍のリクルートの実態です。軍は膨大な高校生たちの個人情報を握り、学費の援助という甘い言葉で学生たちを軍にリクルートしているのです。特に狙われるのは不法移民です。軍に入れば市民権が得ることができ、将来の展望が開けるかもしれないという期待を抱かせて軍はこうした不法移民たちを巧みに勧誘します。こうしてイラクに送られていった若者たちの将来は決して明るくなく、帰還してホームレスになる者も大勢いるようです。

 他方、軍事産業はこうした貧困層を巧みに取り込んで、莫大な利益を上げています。典型的な企業としては、チェイニー前副大統領が関連するハリバートン社が挙げられますが、米軍はコスト削減のために多くの部分を民間に委託して行わせています。建前上は派遣ですが、実態は傭兵として戦場に無防備のまま送られる者が大勢存在します。彼らは軍人ではないので、ジュネーヴ条約の縛りもなく、非人道的な行為を国際法で裁かれることはありません。また、死亡しても戦死者として表に出ることはありません。こうして民間人として戦場に送られるのは米国人だけでなく、アジアの貧しい人々も多く含まれているのです。

 つまり、米国では貧富の差が拡大することによって、貧困層が軍に取り込まれていくという循環が確立されつつあるのです。そして、軍事産業で多額の資金を手にした大企業がその金で政府をバックアップする。こうした点を赤裸々にしたのが、正に本書の真骨頂といえるでしょう。

 細かいエピソードの信憑性については、本書を読んだだけでは何とも判別できないことは否定できないのですが、ただ、貧困層と軍を結びつけた米国社会の大きな闇を暴き出す著者の筆力には頭が下がります。