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武田知弘「ヒトラーの経済政策」

ヒトラーの経済政策-世界恐慌からの奇跡的な復興 (祥伝社新書151)

ヒトラーの経済政策-世界恐慌からの奇跡的な復興 (祥伝社新書151)

 本書は、ナチス・ドイツの経済政策の特徴について完結にまとめられたものです。
 数々の残虐な行為を行ったヒトラーの政策の長所を論じることは極めて高いリスクが伴うことは言うまでもなく、なぜヒトラーの政策が当時のドイツで異常なまでの人気を誇ったかに焦点を当てて論じられることはあまり多くありません。ワイマール憲法という当時最も民主的と言われた憲法下でナチス政権が存在したわけですから、ナチスドイツの政策はドイツ国民の間でそれなりの評価を受けた政策だったはずです。そういう意味で、本書はある意味貴重な本と言えます。

 本書では主に経済政策にスポットを絞ってナチスドイツの政策が整理されています。とりわけヒトラーの政策の中で特徴的なのは、失業者対策でした。ヒトラーはかの有名なアウトバーンを整備したことは有名ですが、第一次大戦後の困窮の中でなぜ膨大な費用のかかるアウトバーンを整備できたのでしょうか。その大きな鍵は天才財政家シャハトの資金調達手法にあります。

 シャハトはハイパーインフレを収束させた「レンテンマルクの奇跡」で、当時のドイツでは英雄的な存在でした。その採られた手法は、ドイツの土地を担保に通貨を保証するというものです。つまり、いざというときはドイツの土地が担保として採られてしまうことになるわけですが、このレンテンマルクによってドイツのハイパーインフレはあっという間に収束を見せるのです。

 その後シャハトはヒトラーと接近するようになり、ナチス政権下のドイツ帝国銀行総裁に就任します。そこでシャハトが行ったのは、国債による莫大な資金調達です。国債の発行はうまくやらなければ再びハイパーインフレをもたらす危険性がありましたが、シャハトはドイツの労働力を担保として国債を発行したのです。つまり「労働手形」です。こうして調達された資金によって、ヒトラーアウトバーンの整備を行うことができたのです。

 そして、公共事業として支出された建設費のうち46%が労働者の賃金に充てられていたというのは驚きです。ゼネコンによるピンハネは許されなかったわけです。

 また、こうした公共事業によって潤った企業の利潤が再び公共事業に回されるような仕組みも設けられていました。それは配当制限法によるものです。すなわち、企業は資本の6%以上の配当をしてはならず、6%以上の利潤が出た場合は、公債を購入することが義務づけられていたのです。こうして公共事業で投資した資金は再び国に還流してくる仕組みとなっていたのです。

 さらに、労働者の支持を得るための政策も多々講じられています。中小の小売業者を保護するための大規模出店の制限、中小企業のつなぎ融資を支援するための保証制度の創設、農家が土地を借金のカタに取られないようにするための法律の制定、結婚する際の貸付金制度等々です。この最後に挙げた結婚資金貸付制度は非常にユニークなもので、無利子で貸し付けるとともに、子供を1人産むごとに返済金の4分の1が免除されるという仕組みで、4人産めば全額免除ということになります。また、貸付は現金ではなく証券で支払われたとのことで、いわば需要喚起のための商品券といった性格を持つものだったそうです。

 中でも注目されるのは、労働者の福祉向上に向けた政策です。特に有名なのは「歓喜力行団」(クラフト・ドウルヒ・フロイデ)という団体の創設です。この団体は、労働者に様々なレクリエーションを提供するために創設されたもので、スポーツや音楽・演劇の提供などを行っていました。目玉は労働者に対する海外旅行の提供です。これにより、労働者の給料のわずか5日分程度の費用でアルプス景勝地に旅することができたり、労働者10万人が豪華客船による旅を経験することができたのです。ドイツ国内には様々なリゾート施設が整備され、労働者は安価で利用することができたようです。



 このように、ナチスドイツの経済政策は資本主義と社会主義の折衷といった側面を持っていたようですが、今日の我が国の政策にも応用できる部分も多く含まれているような気がします。例えば、民主党政権の目玉?施策である子供手当についても、ナチスドイツのやり方の方が合理的な気がしますし、人々の余暇に着目して数々の施策を講じていることはやはり注目されます。今日の日本社会は当時に比べれば格段に海外との距離が近くなっていますが、いざ海外旅行に行きたいと思っても、有給休暇がなかなか取れなかったり、また、フリーターのように不安定な立場に置かれた人たちが長期の休暇を取ることはおよそ困難な状況にあります。結局、経済がいくら発展しても、我々の生活はちっとも裕福になった気がしないわけですが、経済発展を労働者にいかに実感させるかは、労働者の余暇をいかに充実させるかにかかっていると言っても過言ではありません。そういう視点の施策の必要性は今日においても全く薄れているものではありません。

 本書は、ヒトラーの政策をよく勉強して比較的中立的に書かれているとは思います。さらにこうした研究がもっとアカデミズムにおいて冷静になされてもよいのかもしれません。