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ポール・オースター「ガラスの街」

ガラスの街

ガラスの街

 アメリカを代表する作家によるニューヨーク三部作の第一作目の作品です。読みやすい翻訳に定評のある柴田元幸氏の手によるものであり、早速手にとってみましたが、期待に違わず、流れるような筆致の日本語は大変素晴らしいものでした。

 物語は一本の間違い電話から始まる。作家のクインのところに、ポール・オースター宛の間違い電話がかかってきたのだ。何回目かの電話でクインは自分がポール・オースターだといって、翌日、電話の相手に会いに行くことになった。

 電話の相手はヴァージニア・スティルマンという女性だった。ヴァージニアはクインを夫であるピーター・スティルマンに面会させる。ピーター・スティルマンは一方的にしかも支離滅裂な発言を交えながらクインに話し始めた。その内容はピーターの父親の話だった。ヴァージニアの話によれば、父親のスティルマンはボストンの名家スティルマン家の一員で、ハーヴァード大学で哲学と宗教を学んだ後、コロンビア大学の宗教学科に職を得て教授まで昇進した。妻との間に一人息子のピーター・スティルマンができたが、妻は不可解な形で亡くなってしまう。父親は息子にほとんど接しなかったがある日、突然家政婦を解雇するとともに、息子のピーターを幽閉してしまった。息子のピーターは長きにわたって世間から隔離されてしまったのだ。そんなとき、スティルマンの家は火事にみまわれ、息子のピーターが救い出された。父親のスティルマンは精神異常と判断されて入院することになった。そんな父親のスティルマンが解放されることになり、息子のピーターに危害を与えるのではないかとヴァージニアは心配し、スティルマンを見張るようポール・オースター宛に電話をかけたのだった。

 図書館でスティルマンのかつての文献を調べ、ヘンリー・ダークというボストンの聖職者がバベルの物語を預言的な作品として捉える読み方をしていることに注目していたことを知る。メイフラワー号のプリマス到着の340年後の1960年に植民者たちの仕事の第一段階が終結し、新しきバベルの建設が始まるであろうとダークは預言していた。

 クインはスティルマンの尾行を開始する。スティルマンの日々の散歩のコースを克明にたどってみると、「THE TOWER OF BABEL」の文字が浮かび上がってきた。そして、やがてクインはスティルマンに話しかけた。スティルマンはクインに対し、自分は今新しい言語を発明している最中だと説明する。スティルマンにとって、崩壊に満ち無秩序が普遍化しているニューヨークこそサンプルを集めるのにふさわしい場所だったのだ。

 また、スティルマンは、かつて論文の中で言及したヘンリー・ダークなる人物は架空の人物であると告白する。その頭文字のH・Dは『鏡の国のアリス』のハンプティ・ダンプティから取ったというのだ。スティルマンによれば、人間は皆ハンプティ・ダンプティのように卵だという。

私たちは生きて存在していますが、己の運命たる次元にはまだ到達していません。我々は純粋な可能態であって、いまだ訪れざるものの一例にほかなりません。なぜなら人は墜ちた存在だからです。創成期にあるとおりです。ハンプティ・ダンプティもやはり墜ちた存在です。塀から墜ちて、誰も彼を元どおりにできなお。王さまも、王の馬たちも兵たちも。ですがそれこそまさに、人がいまみな努めるべきことなのです。それが人間としての私たちの義務です。卵を元どおりにすること。なぜならあなた、人間一人ひとりがハンプティ・ダンプティだからです。彼を助けることは私たち自身を助けることなのです」(p133-134)

 ところが、スティルマンはある日突然姿を消してしまう。クインは電話帳でポール・オースターの名前を調べ、そこを訪ねてみた。オースターは『ドン・キホーテ』論を執筆中の作家だったが、スティルマンのことは何も知らなかった。

 クインはスティルマンを見失ったことを深く後悔する。ヴァージニア・スティルマンにも連絡が取れなくなる。クインはスティルマン家を見張るために路上で暮らす日々を送るようになる。しかし、スティルマンが姿を現すことはなかった。

 資金が底を突いたクインは、オースターに電話をかける。クインはオースターから、スティルマンがブルックリン橋から飛び降りて自殺したという事件の話を聞く。クインは自分のアパートメントに戻ったが、そこには既に別の住人が住んでいた。クインはスティルマンのアパートメントに向かう。そして、いられなくなるまでそこにいようと決意する。クインはスティルマン事件について抱いた疑問を赤いノートに書き続ける。

 クインの居場所はその後分からなくなる。残されていたのは赤いノートだけだった・・・。



 この物語は、クインの残した赤いノートに基づいて語られているという設定です。ニューヨークという街の持つ底知れぬ深さというか闇を物語の舞台としてうまく用いて書かれています。それが「ニューヨーク三部作」と言われる所以でしょう。

 この物語の魅力は、バベルの物語やルイス・キャロルハンプティ・ダンプティ、それにメルビルのバートルビーに至るまで、幅広い教養に言及が及んでいるところでしょう。コロンビア大学大学院を修了している著者の知性の広さが垣間見られます。

 この物語は1985年にサン&ムーン・プレスから刊行されるまでに17の出版社から出版を断られているとのことです。訳者はこれを「ほとんど信じがたい話」だとしていますが、これはある意味でなるほどと思えるエピソードです。この物語は確かに一読しただけでその良さが十分伝わってくるような類の小説というよりは、何度も読み重ねていくうちに、じわじわと良さが染み出してくるような類の小説です。いってみれば小津安二郎の映画のような感じといったら良いでしょうか。

 それにしても、ニューヨークの街というのは、こうした闇に包まれたような小説を書くのに実に適した街です。こういう小説を東京を舞台にして書いてもなかなかリアリティが出ないでしょう。ニューヨークの街とポール・オースターの筆力、さらには柴田元幸氏の巧みな訳文によって実に奥深い作品となっています。

 最後に冒頭部分の印象的なフレーズを以下に引用しておきます。

ニューヨークは尽きることのない空間、無限の歩みから成る一個の迷路だった。どれだけ遠くまで歩いても、どれだけ街並みや通りを詳しく知るようになっても、彼はつねに迷子になったような思いがしたのである。散歩に行くたび、あたかも自分自身を置いていくような気分になった。(p4)