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Bud Powell「The Bud Powell Trio」

バド・パウエルの芸術

バド・パウエルの芸術

 ピアノのビ・バップ奏法を編み出したとされるバド・パウエルの、「バド・パウエルの芸術」という邦題が付けられたアルバムです。

 このアルバムの特徴は、前半8曲がマックス・ローチらと1947年に録音されたもので、後半8曲がアート・テイラーらと1953年に録音されたものであるという点です。それだけなら、ただ2つの時期に録音された音源を組み合わせたアルバムというだけに過ぎませんが、バド・パウエルの演奏はこの両時期の間に大きな変化を見せているのです。

 どちらも好演奏であるには違いないのですが、特に前半のドライブ感溢れるピアノは、ジャズの歴史に堂々と刻まれてしかるべき画期的な演奏です。1曲目の冒頭からいきなりトップギアで演奏が始まる♪I'll Remember Aprilは、私の中では数々のジャズの演奏の中でも5本指に入る名演奏です。その美しさに思わず涙がこぼれてしまいそうになります。2曲目の♪Indianaのスピード感溢れるピアノも、マックス・ローチの小刻みのドラムと見事にマッチしています。それに比べ、後半の8曲の演奏は、決して悪い演奏ではないものの、前半の素晴らしいセッションに比べるとどうしても退屈に感じられてしまいます。

 どうして前半と後半でこれほどまでに大きな隔たりが生まれてしまったのか。それは、バド・パウエルの受けた電気ショック療法によるものとされています。バド・パウエルは精神的に不安定なところがあり、しかもある時期を境に麻薬にも手を染めるようになります。そして、1951年に麻薬で逮捕された後、精神病が発症し、電気ショック療法を受けたのです。これがバド・パウエルには合わなかったようで、その後のバドの演奏は精彩を欠くことになるのです。

 この辺は、マイルス・デイヴィスの自叙伝にも触れられています。

マイルス・デイビス自叙伝〈1〉 (宝島社文庫)

マイルス・デイビス自叙伝〈1〉 (宝島社文庫)

 マイルスは、バド・パウエルについて、チャーリー・パーカーと並ぶこの世でたった2人の類い希なミュージシャンと高く評価しており、この電気ショック療法を大変悔やんでいます。

ショック療法の後のバドは、人間としてもミュージシャンとしても、もう別人だった。ベルビューに入る前は、バドの演奏にはいつも際立ったところがあった。他人とは違う、何かがあった。だが、頭を殴られ、ショック療法を受けてからのバドときたら・・・。彼の創造性をつぶすくらいなら、腕を切り落としたほうがましだと思ったくらいだ。あの白人の医者連中は、バードにしたみたいに、自分が何者かがわからなくなるまで、わざとショック療法を与えたんじゃないかと考えたものだ。

 バド・パウエルのアルバムには、有名な♪クレオパトラの夢などが入った「ザ・シーン・チェンジズ」などもありますが、本作は電気ショック療法の前の演奏を聴くことができる貴重な作品です。音質の悪さなども気にならなくなるほど、素晴らしいアルバムです。