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渡辺貞夫@BLUE NOTE TOKYO

http://www.bluenote.co.jp/jp/sp/090902.html
 最高峰のステージ!

 この一言に尽きます。こんなにも美しいサックスの音は初めて耳にしました。ステージの始めから終わりまでまったく隙がなく、どこを切り出しても完璧で芸術的です。これまでいろいろジャズのステージは見てきましたが、渡辺貞夫さんのステージは、これまでのどんな素晴らしいステージよりも数ランク上のステージでした。

 今回のステージは、渡辺貞夫さんに若手のトリオを加えたメンバーでした。ピアノのジェラルド・クレイトン、ベーシストのベン・ウィリアムス、ドラムスのジョナサン・ブレイクの3名で、いずれも渡辺さんの年齢の半分にも満ちません。親子以上の年の差で、3人とも渡辺さんに対する畏敬の念を抱いている様子が伝わってくるのですが、他方で、いずれも渡辺さんに遠慮することなく、思いっきり演奏していたのが印象的でした。そんな若々しい3名を渡辺さんが圧倒的な包容力でまとめ上げているのは、さすが名人芸の貫禄たっぷりです。

 9月に新しいCD『INTO TOMORROW』を発売したばかりで、この中の曲がだいぶ演奏されたようです。

イントゥ・トゥモロー

イントゥ・トゥモロー

 数々のバラード曲が渡辺さんの美しいテナーにぴったり合っていて実に素晴らしい演奏でした。それから渡辺さんの友人で今年の6月に惜しくも亡くなられたチャーリー・マリアーノの曲も演奏されました。

 私が個人的に感銘を受けたのは、チャーリー・パーカーの♪Moose The Moocheです。ビバップの代表曲の一つでアップテンポの曲ですが、渡辺さんは一糸乱れずスピード感あふれる演奏をやってのけます。76歳という年齢でこんな曲を楽しみながらさらっと弾いてしまうのは、おそらく若手の一番脂ののったミュージシャンにだってできる芸当ではありません。

 いい加減聞き飽きられた感のある♪Moanin'だって、渡辺さんのサックスに乗っかれば、たちまち新鮮味溢れる曲に変化してしまうのは実に不思議です。

 渡辺さんはこの♪Moanin'がアンコール曲のつもりだったようで、この曲が終わって退場すると、店は電気を明るくし、ステージ上のスクリーンにプロモーションビデオを流したのですが、感動に酔いしれた客はいつまでも拍手をやめず、結局渡辺さんは半ばステージに引きずり出されるように再登場します。そして美しいバラード♪You Better Go Nowで締めくくります。

 おそらくすべてのお客さんが大満足で、感動に酔いしれて帰ったのではないでしょうか。

 76歳という高齢ながら、全く気の抜けたところがないパワフルなステージです。これほどの大ベテランミュージシャンならば、過去の貯金でちょいちょいと演奏すればそれでそこそこのステージには仕上がってしまうわけですが、渡辺さんのステージにはそんな妥協は微塵も感じられません。常に果敢にチャレンジを続け、若手ミュージシャンたちから何かを吸収しようという貪欲さすら感じられました。そんなひたむきな姿勢が、これだけの聴衆を集める原動力となっているのでしょう(現に今回のブルーノートの4日間の公演はだいぶ早くからほとんど予約満席となっていました。)。

 そして私が感銘を受けた点は、渡辺さんのステージには無駄なトークが一切ないというところです。多くの日本人ミュージシャンの悪いところは、ステージ上でMCと称して面白くない茶飲み話に多くの時間を割き、ステージ自体を安っぽくしてしまうところですが、渡辺さんはそんな無駄なトークは一切なく、持ち時間の大半をきっちりと演奏に費やしてくれます。これは、他の多くのミュージシャンたちに是非見習ってほしいところです。

 何度思い返しても興奮冷めやらぬステージでした。